テープ開封ください―スル動詞語幹に直結する「ください」の検討

桑子真帆です(ウソ)

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テープ開封
ください

テープ開封ください

大手通販サイトからの荷物に書かれた一見奇妙な日本語
今、くださいの現場に何が起こっているのでしょうか
今夜の日本語クローズアップ現代、その静かな“異変”に迫ります

クロ現が特集するなら、アバンタイトルはこんなところでしょうか。

結論:今、くださいの現場に起こっていること

先に結論を書くと、この2つです。

  1. 「ギブミー型」への移行
  2. 「ください」への“丁寧一本化”

規範的ならこう

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テープ開封
ください

自身の保守的な規範意識に沿ってこの文言を書き換えるなら、次のどちらかです。

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テープを開封して
ください

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ご開封
ください

検討しないこと

この記事で次の問題は検討しません。

  • 助詞「を」のない形である「テープ開封してください」を容認できるか
  • 「テープ(を)ご開封ください」と、「ご開封」の前に目的語「テープ」を置く形を容認できるか

検討すること

「開封してください」や「ご開封ください」ではなく、何ゆえに「開封ください」なのか?

当記事はこの点に絞って検討します。

用語の定義

当記事独自の用語を定義します。

スル動詞語幹

「する」を付けて動詞にできる語句を、スル動詞語幹と呼ぶことにします。

開封を例に説明すると、「開封する」と動詞にできます。

スル付きの「開封する」から見れば語幹に相当する「開封」を、スル動詞語幹と呼んでおきます。

上の文の「説明」「相当」もまた、スル動詞語幹の例です。

ほかにも

  • どか食い
  • 二度寝
  • ダイエット
  • 失敗

などなど、スル動詞語幹の例はいくらでもあります。

「する」を付けて動詞にできる語句が、スル動詞語幹です。

「ください」の2類型

当記事で検討する「ください」には大別して2種類あります。それぞれ

  • ギブミー型
  • ドゥイット型

と命名します。

『新明解国語辞典 第八版』「ください」からピックアップしますと

ギブミー型は

自分に何かを与えてくれ、の意

ドゥイット型は

人に何かを勧めたり、そうしてほしいという意

そうしてくれるよう相手に依頼する意

です。

Give me、Do  it とシンプルな英文に要約して表すことにします。

違和感の検討

テープ開封ください

の違和感を端的に述べますと

ドゥイット型の内容をギブミー型で表現していることにあります。

「ここから開封してくれ」という内容を、「与えてくれ」の文型で表しているためです。

開封はふつう、与えたり与えられたりするものではありません。

開封くださいの変則性

同じく新明解8「ください」はドゥイット型に相当する部分で

〔「お+名詞+下さい」「ご+名詞+下さい」などの形で、接尾語的に〕

〔補助動詞として〕

と解説していました

これらを用いず、ドゥイット型に「ください」を単独で使用するのは変則と言えます。

あいまいな両者の境界

しかしギブミー型とドゥイット型、両者の「ください」の境界は思ったよりもあいまいです。

スル動詞語幹の例をいくつか検討してみましょう。

  • 仕事ください
  • 仕事してください

ならはっきり違います。前者がGive me、後者がDo itですね。

しかしこちらはどうでしょうか。

  • 連絡ください
  • 連絡してください

もう一例

  • いいねください
  • いいねしてください

2つの形に意味上の違いを見つけるのは困難です。

一般化すると、意味に差がなくなるのは「Do itの結果がGive meとなる場合」と言えそうです。

進化形「ダウンロードください」

この進化形?に遭遇する機会がありました。

チェーンのお店に行くと、ラジオ番組風に作った、オリジナルの店内放送を流していることがあります。以前とあるチェーン店で買い物していると、そのラジオ番組風の店内放送で

専用アプリをぜひ、ダウンロードください

と言ってました。

生放送ではなくて収録した音声のはずですから、DJの不規則発言とするのは無理があります。最低でもきっと、そう台本に書いた人とそれをチェックした人が1人ずついたはずです。

へーそれOKなんやと、いたく感じ入りました。

「ダウンロードください」の検討

「ダウンロードください」とは「Do itの結果がGive meとなる場合」なのか、少し検討しておきましょう。

結論から述べると、「ダウンロードください」をそこへ含めるのは拡大解釈と言えます。

なぜなら、その呼びかけに応えて誰かがダウンロードしたところで、呼びかけた側には何も与えられないからです。

「ダウンロード」なら増えるでしょうけれども、その「数」は、ダウンロードされる実体そのものとは別のデータです。

どうもこのへんに、一般人の日本語運用能力の臨界点がありそうです。

丁寧はどこに宿るか

次に検討するのは「丁寧」の所在です。

結論から述べると、「テープ開封ください」という表現の世界観は、

丁寧を「ください」だけが担う

です。

実験

その実験として、ご+(スル動詞語幹)+ください 形の

  • ごめんください
  • ご覧ください

の2つについて、丁寧のランクを下げてみましょう。

  • (?)めんください
  • (?)覧ください

とはできません。不自然で無理のある形です。

形の上では

  • 免じてください
  • 覧じてください

も可能ですが、使う人は少なそうです。

丁寧のランクを下げるときは、

  • ごめん
  • ご覧

とします。「ください」だけを取り除けば、丁寧でなくなります。

他方で、丁寧のランクを下げても「ご」は残ります。

「ご」には「尊敬・丁寧」とは別カテゴリの何かが確実に存在することが示唆されます。

丁寧とは別カテゴリの「ご」

スル動詞語幹から離れてしまいますが、

  • ご新規2名様です

から丁寧を取り除くと「新規2名」と言えます。「ご新規」の「ご」は「丁寧」のカテゴリに属しています。

しかし、

  • ご苦労さまです

はどうでしょうか。丁寧を取り除いたときに

  • ご苦労

と言えても

  • (?)苦労さま
  • (?)苦労

とは言えません。

「ご苦労さま」の「ご」は丁寧とは別カテゴリの何かだと言えそうです。言い換えると、「ご」を一律に「尊敬・丁寧」と扱っていては不十分なのです。

私は以前、この種の「お」を冠詞に分類することを提唱しました。

「ご苦労さま」の「ご」も冠詞でいいんじゃないですかね。

まとめ

当記事で定義した用語でいえば、

テープ開封ください

は、ドゥイット型の「ください」をギブミー型で表現した日本語です。

  • 語形の違う「ギブミー型」「ドゥイット型」の「ください」がしばしば同じ意味となる
  • 「ください」で十分丁寧である

という背景があるのですから、水が低きに流れるごとく、より簡潔な語形のギブミー型に集約されていくのも、自然の流れに思えます。

実際「テープ開封ください」でツイート検索してみても、語句そのものへの違和感を表明するものは半分もありませんでした。過半数は「ここから開封できない」「できたことがない」という趣旨でした。

この事実は、「開封できたことない」勢にとって、「テープ開封ください」のメッセージ自体は当たり前に受け取られていることを示します。

ほかにもTwitterからは

  • 閲覧注意ください
  • 勉強ください

みたいな用例が簡単に見つけられます。

安心してください 履いてますよ

のとにかく明るい安村さんの決めゼリフも、いつか「安心ください」になりそうです。

安心ください

の用例もまた、既に多数実在します。

そんなところです。

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