ある日タイムラインにこんなツイートがやってきました。
ちょうど私達アラサーが両方わかる世代かなと思うんですけど、私達より上の世代では【◯弱】、例えば【一時間弱】と言うと【一時間より少し少なめ】を想定していると思うのですが、20代前半以下の若者は【一時間より少し多め】を想定しているらしい。こういうの、いつどうやって変わって行くんたろう。
— しまき (@readeigo) December 20, 2023
へー。初めて知りました。私はずっと「1時間弱=1時間より少なめ」でやってきたので。
調べてみました。
結論を述べますと、世代差もありますが、最終的には個人差です。
ちなみに嫁に聞いた答えは「どっちもあるよ」でした。世代差ではないですね。嫁と年の差はありますが、今や誤差レベルですから。
要約:Executive Summary
- 「1時間弱」を「1時間と少々」と解釈する人が実在します。ポジティブです。
- バズったツイートのリプライや引用リツイートをたどると、居ながらにして地獄めぐりができます。
- 私は使いませんけれど、1時間<1時間弱<1時間強 の呼称体系もありです。従来の体系よりも筋が通っているからです。
- おおよその数の表現に「弱」「強」を付けるのは、明治時代の謎マナーが起源と見られます。
white analog clock|PickPic.comより
1時間弱=1時間+少々な人たち
Twitterを探してみました。「私もです」とする方もおみえでしたが、ほしいのは自己申告ではなく、天然のポジティブ「弱」用例です。
実在しました。
そういえば年末にVoicyから頂いた足跡。2021年は1日1 時間弱Voicyと過ごしてたということに。こういうお知らせはほんと嬉しいしおもしろい。結果さらにファンになってしまう。2022年はVoicyと過ごす時間がもっと増えそう。#Voicy pic.twitter.com/nbCe5ifoEg
— ちょっとも@しゃべらせる専門家 (@chottomo_40) January 10, 2022
2021年は365日だったはずですから、408/365=1.1178…時間/日を「1日1時間弱」としています。ポジティブです。
ワイズロード東大和店の年内営業時間も残すところあと1時間弱となりました。
年末年始は大晦日から三ヶ日にかけてお休みを頂き、1月4日から営業開始となります。
来年も皆様のご来店を心よりお待ちしております。
良いお年を! pic.twitter.com/rWU7GW3vnY
— ワイズロード東大和店 (@yshigashiyamato) December 30, 2023
この店のこの日の閉店時刻は18:00、ツイートの投稿時刻は16:47でした。0秒時点と見なせば、閉店まであと73分あります。それが「1時間弱」なんですね。ポジティブです。
評価:あり(使わないけど)
へー、面白いですね。私は使いませんけど、ありです。
ありの理由は3つあります。
- 1時間<1時間弱となるシステムの仕様が理解できた
- 1時間弱<1時間<1時間強 という従来の仕様よりもロジカルである
- よって、意思疎通のコストが上がるデメリットよりも、言語が多様で豊かになるメリットが上回る
理由1.2.は後ほどもう少し詳しく述べます。
先行研究
先行研究もありました。
「1時間弱」は、1時間よりも長い?短い?|NHK放送文化研究所(2017/10/01付)
ニコニコ動画の世界では概念になっていました。
TBSの安住紳一郎さんも2021年の段階で把握済みでした。担当されるラジオ番組の書き起こしがありました。
類例に「1000円弱」というのもありました。単位が違うだけで、議論の構造は一緒です。
一部には既におなじみの話題だったのですね。情報に疎くてすんません。
「弱」地獄めぐり
バズったツイートのリプライや引用リツイートをたどってゆくと、居ながらにして地獄めぐりができます。冒頭のツイートも、その例外ではありませんでした。
- 違うものを同じという地獄
- 同じものを違うという地獄
2つの地獄絵図がくり広げられていました。
違うものを同じという地獄
1つめ。違うものを同じという地獄です。
「数字+強」と同じになってしまう(@natsu_trans)
なりませんよ。+弱と+強は違います。
扇風機のこういうボタン、見たことないんですかね。
画像は、YLT-AG30E/YLT-AG305|yamazenbizcom.jpより
こんど電器屋さんの店頭で強弱それぞれ押してみるといいですよ。違いますから。
同じものを違うという地獄
2つめ。同じものを違うという地獄です。
震度の場合は(略)1時間弱の弱とは意味が違う(@yosim446)
違いませんよ。同じです。
同工の反応がホントに多くて、今回当記事で取り扱った範囲のうち最大にビビりました。やべー一般人ってこんなにいらしたんですね。
気象庁の震度階級表、見たことないんですかね。見たことなくても、軽はずみな発信してるその同じ機械ですぐ見られるはずなんですがね。自分のこと疑わないんですかね。
画像は、計測震度の算出方法|気象庁 より
「1時間弱」の弱と、「震度5弱」の弱と何が違うんですかね。マジで。
いや、「1時間弱」が、今回私が知ったポジティブな「1時間+弱」を意味するなら違いますけどね。そういう主張のつもりなんですかね。
先行研究での記述
それぞれ、先行研究から補っておきます。
まず、+弱と+強は違いますよ、というお話。
「7割弱」は,70%よりも少ない? 多い?|NHK放送文化研究所(2023/11/01付)では、次のアンケート結果を示して
若い層では「7割弱」は70%よりも大きい数値だと認識されていることに伴って、それに押し出される形で、「7割強」の数値の解釈範囲が「上振れ」したものだと推定されます。
としています。妥当な推定だと思います。
扇風機のボタンの並びが
切<弱<中<強
ですから、1時間を原点にすれば
1時間<弱<(中)<強
となります。仕様として筋が通ってますよね。幸か不幸か、「1時間中」は今のところこの体系から外れてます。
次に、旧来の「1時間弱」と「震度5弱」の弱は同じ意味の弱ですよ、というお話。
安住紳一郎さんも、勘違いしていたみたいです。
2023年7月2日OAの同じラジオ番組で再び「1時間弱」の話題に触れ、今度は「震度5弱」を引き合いに出してリスナーにツッコまれてました。書き起こしの
から引用します。
「震度5弱」って言うと、震度5よりもちょっと乗っているもんね。
乗ってません。勘違いです。
実際は先ほど震度階級表を見たとおりです。
YouTubeに公式音声もありました。1時間弱の話題は0:20:40あたりから。
番組後半でここをツッコまれてました。
「気象庁のホームページを確認してください」っていうようなお便りをたくさんいただきまして。どうやら震度5、6の弱と強の使い方が私、間違ってたみたいで。
逆だったんですね。私の認識が。
勝手に5弱って、5.2ぐらいだと思ってましたけども。普通に4.5から5.0未満。
はい。そういう話です。
じゃあますます、20代、30代の皆さん方が1時間弱といった時に65分って答える、そこのきっかけは何だったのか?
(1:13:20あたり)
いやいやいや、ここまでの話で、ほとんど答え出てるじゃないですか。
中間まとめ:「弱」システムの欠陥
バズの周辺を探せば、そこを簡潔に指摘する方もおみえでした。地獄に仏とは、このことでしょうか。
そもそも一時間弱って言葉に欠陥がある。1時間+弱と考えてしまう。
— タブロイド (@taburoido184621) December 22, 2023
賛成します。根本原因は、ほにゃらら弱という日本語表現のシステム的な欠陥です。
安住さんが誤解されていたように、多くの一般人の直感に従えば、1時間弱=1時間+弱である方が、仕様として整っています。
「バカ言うな。1時間弱は、1時間より少ないに決まっている」、そういう方もいらっしゃるかもしれません。
ではここで、ボーッと生きてるヤシロちゃんが問います。
なんで? なんで戻るの?
1時間に弱が付いて、1時間弱<1時間 なんだったら、同じ理屈で
1時間半=0.5時間<1時間 のはずでしょ? 1時間に半ばが付くんだから。
そうやって考えてゆくと、「1時間弱」が1時間に満たない値となるその根拠を、論理的に説明することは私にはできませんでした。できるという方、ぜひやってみてください。
なんで弱が付くと計数のベクトルが反転するんですかね?
辛苦の果てに導き出した私の答えは、「慣習だから」です。
似た設問に「カレーの中辛と辛口は、どっちが辛いか?」があります。そっちが辛い理由もまた「慣習だから」です。
類例:中辛と辛口の辛さ比較
嫁はいろんな意味ですごい人で、教えられることがめちゃくちゃあります。
以前、カレーの中辛と辛口って、どっちが辛いの?とスーパーの売り場で混乱してました。そこでまた1つ教えられました。
結論から言えば、どっち?と混乱する嫁が正しいです。決まってるじゃないかと即答できるのは、ある意味やばい人です。慣習にがっちり縛られている、慣習の奴隷だからです。
いや、同じメーカーの同じブランドで比べれば、答えは出ますよ。たとえばハウス食品のバーモントカレー同士なら、中辛より辛口の方が辛いです。
出典:ハウス商品の歴史 業界初!辛味順位|カレー辞典
こくまろカレーもジャワカレーも同じだとわかります。
そういうランク付けになっているのは、単なる慣習にすぎません。極言すれば、なりゆきです。以前調べました。
「中辛より辛口が辛いに決まってる」。ここで思考停止しているなら、慣習の奴隷です。
辛味の順位が甘口<中辛<辛口となっているその理由を論理的に説明するのは無理です。少なくとも私は「無理」の結論に至りました。説明できるという方、やってみてくださいな。
ちょっと何言ってるかわからないという方には、
- マグロの中トロとトロって、どっちがトロトロ?
と置き換えれば、「中辛と辛口のどちらが辛い?」という設問それ自体のナンセンスぶりが伝わりますでしょうか。それでもまだ理解できない方は、高い確率で慣習の奴隷です。ご自愛ください。
ついでに述べておきますと、慣習の奴隷の自覚があってもなくても、どちらも決して不幸な人生ではないです。ただし自覚がないと、他者に不幸をもたらす確率が上がります。
既存の「弱」仕様に無理がありすぎ論
「弱」の話に戻ります。
先ほど見た気象庁の震度階級表を仕様書チックに書き表してみます。
- 小数点以下第1位を四捨五入する
- 0から7までの1桁の整数を用いる
- 震度5と6は領域を2つに分ける
- うち、五入(4.5以上5.0未満)部分を「5弱」と呼ぶ
- うち、四捨(5.0以上5.5未満)部分を「5強」と呼ぶ
- 震度6弱、6強も同じ
要点はこんなもんでしょうか。
ところが2023年7月までの安住紳一郎さんを代表として、震度5弱は5よりも大きな「5+少々」だとの誤解が蔓延しています。
裏を返せば、多くの一般人の直感に従うなら、「(数量)弱」の解釈はそれが普通だという話です。
こんな切実な声もありました。
「1000円弱」
っていう言葉が、999円以下なのマジで辞めて欲しい
俺の中ではずっと1050円くらいのことを「1000円弱」って認識してるんやけど、、、
毎回心の中で、逆逆って唱えてるわ
— おくるん/20代底辺フリーター (@okurun1110) December 25, 2023
まったくです。疑うべきは解釈ではなく、仕様の側です。多くの一般ユーザーに混乱をもたらしているのは、設計仕様がまずいからではないのか?そう疑わなければいけません。
概数に付く「弱」「強」の起源、明治の謎マナー説
震度の弱強にまつわる誤解が蔓延していることを目のあたりにして、この世では過去に四捨五入をどう説明してきたのか?そこを探りたくなりました。
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーを漁っていますと、なんかすごい資料に出くわしました。
書き下しておきます。漢字かなは現代のものに置き換え、句読点を足しました。
切り捨てたるときは結果を唱へて最後に強と唱へ、切り揚げたるときは弱と唱ふることあり。例へば上の例に於て6.791 強、8.963 弱 と唱ふるが如し。此の如き方法を四捨五入法と云ふ
出典:樺正董『算術教科書 上巻』(1900)32コマ・p.53|次世代デジタルライブラリー
え?
なにその謎マナー
初耳だぞ四捨五入にそんな謎マナーあんの
この本が「弱」「強」謎マナーの言い出しっぺかはわかりませんよ。念のため。調査範囲が全然狭いですから。
でも3年前の版ではそんなこと全然書いてなかったのに!
出典:樺正董『算術教科書 上巻』(1897)79コマ・p.148
伝染した謎マナー
20世紀初頭の別の資料にも、同様の謎マナーが書いてありました。
四捨五入法により、四捨した時には、商の終りに(強)といふ字を書きそへ、五入した時には、(弱)の字を書きそへることを忘る可らず。
出典:又間安次郎編『高等小学全学科詳解 第1,4学年用前期』(1906)47コマ
もう1回言っときます。
なんだその謎マナー
別の謎用語「弱値」「強値」
再び19世紀末に戻って、別の資料には「弱値」「強値」という謎用語もありました。
出典:野口保興編『理論応用算数学 上』(1891)91コマ・p.173
355/113 という分数を例にして
3 < 355/113 < 4 だから、
- 3はその数の弱値
- 4はその数の強値
だと解説しています。枕詞になっている「一だけの」とは、「1刻みの」ぐらいの意味みたいです。
「謎」呼ばわりしましたが、これ自体は呼称システムとして理解できます。
けれど分数の355/113を整数値で概数表記するとき、四捨五入して弱値の3にすると、くだんの謎マナーに従えば「3強」になります。弱値を「3強」と呼ぶことになり、強弱の呼称がねじれます。ややこしいわ。
それで「弱値」「強値」の呼び名は廃れたんですかね。知らんけど。
そこそこ見られた謎マナー
次世代デジタルライブラリーを見てみると、四捨五入した数に律儀に「弱」「強」を付けてる資料がわりにありました。1つだけサンプリングします。こちらの人口密度の話が、わかりやすいですかね。
出典:二階源市『改正高一算術書解説』(1937)45コマ・p.70
まとめ:弱に歴史あり
私は使わないけれど、数量表現の「ほにゃらら弱」を「ほにゃらら+弱」とポジティブに解釈する仕様は、ありだと述べました。多くの一般人の直感に合致しており、仕様としてユーザーフレンドリーだからです。
実は調査の最初に、「1時間弱」「1000円弱」の「弱」を国語辞典で引いたとき、語釈がいささか回りくどいなとは思ったんですよね。
- 切り上げてその数になったことを示す語。(広辞苑第七版)
- 端数を切り上げたとき、数を表す語の下に付けて用いる(デジタル大辞泉)
みたいなやつです。当初は
- それよりやや少ないこと(三省堂国語辞典 第八版)
がいちばんわかりやすいと思ってました。
しかし今回、数値に付く「弱」「強」が明治に登場した謎マナーの流れをくむものと知り、そこらの理解がクリアになりました。1996年に、震度5と6を「弱」「強」に細分化した気象庁の震度表の改定は、呼称体系の一部を謎マナーに則った旧式に戻したものだとも言えます。
と同時に、上記各語釈への評価が逆転しました。
「それよりやや少ないこと」とする三国8の語釈は、現代的な感覚に合致してはいます。しかし歴史的経緯をふまえると、実は視線のベクトルが反対なんですよね。概数から真数へ向かってますから。
概数から真数へ向かう視線が存在するときに、数値に「弱」「強」を使ってはいけません。
道徳・それこそマナーの問題として使ってはいけない、という意味ではなくて、その真の値を問われうる状況下で「ほにゃらら弱/強」を用いるのは不適切だという話です。
たとえば円周率Π=3.14159……は
3.14 < Π < 3.1416
ですから、概数で表すなら3.14強、あるいは、3.1416弱です。
概数で表す状況下では終始3.14強なり3.1416弱なりで通さなきゃいけないわけで、そこの場面で「実際のところ円周率っていくつ?」なんて問いを立てられてしまうなら、それは負けの証です。勝ち負けの話じゃないけど、なんか、負け。
それでいえば、『三国8』の語釈も、改訂前の
- 端数を切り上げたときにそえることば。(三省堂国語辞典 第七版)
式のままでよかったんじゃないのとも思います。
数量表現に付く「強」と「弱」には、解明すべき謎がまだいくつも残ってます。
たとえばこちらのツイートが示すとおり
記事中で参照された『日本国語大辞典 第二版』の項目はこちら。たしかに「強」と「弱」で、#日国 では用例の時代に大きな開きがあるのですね……。 pic.twitter.com/vrtTJwZSfz
— 小学館 辞書編集室 (@shogakukanjisho) November 6, 2023
『日本国語大辞典』の用例の年代が強と弱の両者で400年弱違ってるとか、他にも、漢字圏の文化で同様の謎マナーはある/あったのかとか。
けれどひとまずはこんなところです。
あ、今しがたの「弱」は旧来の慣習に従った弱です。切り上げて400年になってます。
おわり
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