- 多くの一般人が当たり前に使っていて
- でも少し前までこんな言い方はなくて
- 辞書もまだ載せてない
- かつ日本語警察もほぼスルーしている
実はそういう語こそが顕彰に値するのではないかと、2021年から「隠れ新語大賞」を始めました。
初回の2021年は「充電」が
2022年は「最大半額」が大賞でした。
「毎年」のつもりはなくて、「見つかったら発表する」程度のスタンスでいます。それでも、1年に1語ぐらいは見つかるものです。
発表:隠れ新語大賞2023は、(数字)卒
年半ばに内定していましたが、いろいろ取り紛れて年末の発表となりました。
「隠れ新語大賞2023」は、
(数字)卒
です。それが大賞です。
「23卒」とか「24卒」とか「25卒」とか、そういうのを一般化した表記です。
授賞決定までの経緯
今年(2023年)、ある小規模なオンラインイベントに参加した時のことです。その冒頭、各自の自己紹介の段で、ひとりの参加者がこんなふうに言ってました。
わたし23卒なんですけど、22卒の人に「こんなのあるよ」って教えてもらって
その場では気づかず完全スルーして、ひと晩寝て起きてから、よく考えてみたら昨日の「23卒」「22卒」って新しいなオイとなりました。
聞いたその時は、へー今の人はまじめで勉強熱心なんだなー、ぐらいに感じはしましたが、そこの新しさはまるで聞き流してしまっていました。
そんな具合に、新しさを遅れて思い知らされるステルス性も評価しての大賞です。
授賞理由
「23卒」「22卒」といった「(数字)卒」が、冒頭に挙げた4つの条件をほぼすべて満たしているからです。あらためて確認していきましょう。
1. 多くの一般人が当たり前に使っていて
はい。使ってます。
2. でも少し前までこんな言い方はなくて
なかったです。
平成の初めに時を戻してみましょう。
有名人の例を調べてみますと、林修さんや玉川徹さんらが「89卒」です。けれどその頃、「89卒」という言い方は少なくとも一般的ではなかったです。見聞きした記憶がありません。
「元年入社」といってました。卒ではなく「入社」です。
そこを基準にすると、先輩後輩は「62入社」「63入社」「2年入社」ないしは「平3入社」です。前に置く数字も西暦ではなくて元号ベースです。
ひるがえって現代です。「23卒」を「令和5年入社」と呼ぶのは、JTCの入社式だとかのフォーマルな場なら全然あります。けれど日常生活なら圧倒的マイノリティでしょう。
どこで運用基準が変わったかは、後ほど簡単に検証します。
3. 辞書もまだ載せてない
~卒を「卒業の略」と解説する辞書はいくつもあります。けれど「(数字)卒」の運用ルールまで書いてある辞書は知らないです。
「通常、卒業した西暦年の下2桁を入れる」みたいなこと、日本語の教本には書いても辞書に書くことでない気もします。そこらのさじ加減をうまく言えてないですけど。
4. かつ日本語警察もほぼスルー
たとえ日本語警察に「新しい」と認識されても、ポリシングのつけいる隙がほとんどありません。その外づらに変哲がなさすぎるせいでしょうか。知らんけど。
検証:(数字)卒の定着はいつから?
今日まったく普通の日本語である「(数字)卒」は、いつごろ定着したのでしょうか。
結論から言えば、2010年代と見ます。
判定のよりどころにしたデータとして、大学生の「就職人気企業ランキング」を伝えるプレスリリースを紹介します。
就活界隈での定着と同時期に、「入社」から「卒」へのシフトも完了したと推察します。
マイナビは2010年から
マイナビが「(数字)卒」に移行したのは2010年です。
マイナビキャリアリサーチLab「大学生就職企業人気ランキング(20年卒以前)」に過去の調査一覧があります。
このページのリンクテキストは「20xx年卒」で統一されています。現代の用法ですね。
PDFになっていたリリース本紙を見ますと、さかい目は2010年でした。
出典:[PDF]2011年卒(2010/03/10付)
この「2011年卒」以降が、現代のスタイルでした。
その前年までは、こうでした。現代の目線からはエキゾチックです。
出典:[PDF]2010年卒(2009/03/12付)
タイトルが「2009年度大学生~」となっています。これは今日でいう「10卒」、本文中の文言を借りると「2010年3月大学卒業予定者」のことです。現代の基準からすると、ずいぶんと回りくどいもの言いに感じます。
楽天みん就は2014年から
もうひとつ見てみましょう。
楽天みん就が「(数字)卒」に移ったのは2014年のことです。
出典:「みんなの就職活動日記」2015年卒大学・大学院生の就職人気企業ランキングを発表(2014/02/27付)
「15卒」の話です。何の引っかかりも覚えません。
実は、(数字)卒スタイルに「戻った」が正確な言い方です。が、そこはいったんおきます。
その前年までは、こうでした。違いがわかりますでしょうか。
出典:「みんなの就職活動日記」2014年度卒学生の就職人気企業ランキングを発表(2013/02/22付)
「2014年度卒業予定の学生を対象に調査した」というから、15卒が対象かと思えば、現代で言う「14卒」のことです。ややこしいですね。
「2014年度卒業予定」をかみ砕くと「前年度末の2014年3月に卒業予定で、2014年度開始の4月に入社する」となりますでしょうか。出る大学と入る企業双方の視点が混在した結果、呼称体系がねじれてます。
楽天みん就の「年度」迷走史
みんなの就職が楽天の完全子会社となったのは2004年5月18日のことです(株式交換による、みんなの就職株式会社の完全子会社化について)。
「楽天みん就」となって初回の就活シーズンに当たる2005年付のリリースでは、「2006年度人気企業ランキング」でした。
出典:2005年のプレスリリース一覧|楽天グループ株式会社
この時点では、企業視点オンリーです。調査対象者が「2006年度に新卒1年目となる学生」を意味するからです。
翌2006年に「2007年度 新卒学生」となりました。引きつづき企業視点オンリーです。
出典:「みんなの就職活動日記」 2007年度 新卒学生人気企業ランキングを発表(2006/03/03付)
実は2008年に一度だけ、「2009年卒」と現代のスタイルとなってました。
出典:「みんなの就職活動日記」学生人気企業ランキングを発表(2008/04/16付)
しかし翌2009年に「2009年度 新卒学生」となります。
出典:「みんなの就職活動日記」 2009年度 新卒学生人気企業ランキングを発表(2009/02/27付)
リリース本文には「2010年度卒業予定の学生」というややこしい文言が現れます。今で言う11卒かと思えばそうではなく、「10卒」のことです。呼称体系がねじれています。
なおスクリーンショットの日付年が2008年となっていますが、2009年の誤記です。全日空が「3年連続」1位となっているのがその証左です。
そこも含め、なんか迷走しています。追ってみると完全子会社だった「みん就」は2009年7月1日付で楽天に吸収合併されてました。それが迷走の理由?なわけないか。
「xx卒」を「xx年度卒業予定」「xx年度新卒学生」と2種類のねじれた視点で表すこの呼称体系が、先ほど見た2013年のリリースまで続いていました。各年のヘッドラインのみリンクしておきます。
「みん就」、初の【IT業界】就職人気企業ランキングを発表(2010/03/29付)
「みんなの就職活動日記」2012年度新卒学生【IT業界】就職人気企業ランキングを発表(2011/03/29付)
「みんなの就職活動日記」、2013年度卒学生対象【IT業界】人気企業ランキングを発表(2012/04/23付)
言いたかったのは、2010年代前半にこういう過渡期があった、ということです。
考察:「(数字)卒」からわかること、わからないこと
わたし23卒なんですけど、22卒の人に教えてもらって
式のもの言いを、平成初期の「63入社」「元年入社」と比べてみて感じる大きな特徴、それは
「会社」の不在です。
そのため会社員でない人にも優しくなっています。たとえば本当は「入省」や「入庁」なのに、公務員だとばれないように「入社」と偽装する必要もありません。
「23卒」さんの話に出てきた「22卒」さんと当人との関係でわかることといえば、「卒業が1年早い」だけです。同じ会社の人かもわかりません。同じ学校を卒業したかも不明です。もっと言えば、「22卒」さんが就業中かすらわかりません。それでいいと思います。
人間関係が「会社」に閉じていないし、そこに縛られてもいません。健全なことです。
こうやって「入社」がベースの平成初期と比べてみると、人間関係のネットワーク構成図がまったく違っていることもわかります。少なくとも、どこにフォーカスを当てて表現するかが、まったく異なります。
「(数字)卒」はまだ暗黙に「大学以上の卒業」を含意していそうではあるものの、こういった点で平等な日本語だと言えます。
まとめに代えて:そして「就活」の謎
「23卒」のような「(数字)卒」の新しさを解説しました。
こんな具合に、就活は現代日本語に少なからぬ影響を与えているものの1つです。私基準で十指に入るかは微妙なラインですが、トップ30なら確実に入ります。
そもそも1990年代に就職活動が「就活」と略されたことが、現代日本語にとって大きな謎の1つです。何度か引き合いに出してますが、「バブル期の就活事情を描いた」的によく言及される映画「就職戦線異状なし」(1991)本編に、「就活」という言葉はただの一度も出てきません。ネットで見つけた当時のフライヤーも同様です。
画像は 就職戦線異状なし|映画ナタリー より
でもって、増殖する「○活」、背景に何が 「活」一字に新たな意味|日本経済新聞(2012/12/18付)によると、新聞記事データベースで確認できる「就活」最古の用例は1995年のものだそうです。今できている絞り込みはここまでです。
略される何十年も前から「就職活動」自体はあったはずなのに、いったいどうしてなんでしょうか。謎です。気力のあるうちにこの謎を解明したいと常々思ってはいますが、せずに終わるかもしれません。
研究テーマをお探し中の25卒26卒、ないしはそれ以降卒の皆さん、こういうのどうすかね。
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