日本語警察です。
隠れ新語、1個だけあります。
結果発表
厳正な選考の結果を発表します。
栄えある第1回となる今年の隠れ新語大賞2021は「充電」です。
2021を冠していますが、10年スパンでのステルスぶりを評価しての大賞です。
「隠れ新語大賞」創設のごあいさつ
毎年11月、12月になると、内外あちこちの「ワード・オブ・ザ・イヤー」企画から選考結果が発表されます。たいへんに結構なことです。
けれども、どの企画も大なり小なりヒットランキングの性格を帯びている点に、優しい日本語警察としては若干の不満と疑念もありました。
あれこれ取り沙汰されるワードたちの一方で、新しさが素通りされ脚光を浴びることもなく、それでいていつの間にか人々の間にしっかり根づいている、そんな隠れた新語もあるだろうに。むしろそうしたタイプの新語をこそ誰ぞ取り上げるべきではないのか。別に世相映さなくていいから。そうした不満と疑念です。
そこで日本語警察の新語オービスがとらえた数多くのワードたちから、世の諸企画が扱いづらく「映え」に乏しいタイプを「隠れ新語」と名づけて顕彰することにしました。気分で横文字のステルスも使います。指すものは同じです。
「隠れ新語」あるある選考発表会
どうも日本語警察です。
椎名林檎さんの《走れゎナンバー》に乗せて、隠れ新語大賞を発表します。
ミュージック、スタート
〈♪~~〉
走れゎナンバー(2014)
椎名林檎
¥255
♪~隠れ新語をこしらえる要素は、
次の3つが選考条件です。
- 多くの一般人が当たり前に使っている
- なのに辞書が載せていない
- 日本語警察もほぼスルーしている
♪~環状線脱出したい。あるある大渋滞。
止まんないで。あるある言って。新語言いたーい。
充電10%を切ったiPhoneよ、さあ。
それです。日本語警察が選ぶ「隠れ新語大賞2021」は、充電です。
充電は充電でも「10%を切る」ような、「減る」方向の充電です。減った結果「切れる」「なくなる」「終わる」「死ぬ」タイプの充電。
特にこのタイプの充電を指す場合、当記事では矢印を付けて以後「↓充電」と表すことにします。読み方はさしあたり「サゲ充電」とでも。
選評
この”↓充電”がどれほど完璧に「隠れ新語」の選考条件を満たしたか、いや、満たしすぎたかもしれないか。↓充電のステルスな新語ぶりを確認していきます。
辞書では読めないサゲ充電の世界
先に国語辞典の充電から見ていきましょう。
辞書によって言い回しはいろいろでしたが、チェックした範囲ではどれも次の2タイプに集約できます。代表して『三省堂国語辞典 第七版』(アプリ版)から引用します。
①蓄電池(チクデンチ)に電気をためること。(←→放電)
②〔俗〕しばらく休んで活力をたくわえること。「―期間」
2タイプのどちらも満ち足りる方向への充電です。当記事では、↓充電と区別して「↑充電」と表記します。仮の読みは「アゲ充電」です。もしなじみなら、↑=アッパー・↓=ダウナーと読んでもいいですよ。
それはそうと、ダウナーの↓充電を語釈に載せた辞書って現在あるんでしょうか。私は見つけられませんでした。
この2021年12月に、新語に強いと世評の高い『三国』の第8版が出ましたので↓充電の扱いも新語警察(私のことです)のひそかな注目ポイントでした。しかし「充電」にはまったく改訂がなく、一字一句第7版のまま。
これは「よっしゃ↑」なのか?「がっかり↓」なのか?反応に困ったのでした。
電光石火の「充電」仕分け・ダイジェスト
次に、みんな当たり前に↓充電も↑充電並みに使っていることを確認します。
Twitterの「充電」検索結果から連続して取った10例を仕分けます(12/29採取)。
- ↓です。/ごめんガチ絶対充電足りないから一回Twitterおやすみする(@aimono__V)
- ↑です。/電池少女最終話おもしろすぎてフル充電なった(@OROZI_DJ)
- ↑です。/3000円で一時間充電して80か90キロ位しか充電出来ず(@kazumainoue0119)
- ↓です。/スマホの充電もなくなるしもうおわりだ(@ooomuller)
- ↑です。/充電インフラを見てもまだまだ(@santico5)
- ↑です。/一旦離れてインプットと意欲を充電して来たが(@OsamuKosaki)
- ↓です。/なんならダサ歌の途中で充電切れちゃったから今見直してる(@r_e_i_r_a_k_u)
- ↓です。/撮影がノリにノッてきたところで充電切れ(@twins71281921)
- ↑です。/充電器を忘れるという笑笑(@hyyscRlHv3e1DT2)
- ↓です。/充電少ないからたまった後なら(@Akatuki_Arinn)
アゲサゲ数はともに5対5のドローでした。両勢力は拮抗しています。
前後のランダムな時点でも何度か10例連続でサンプルを取ってみました。10例のうちサゲの↓充電はだいたい3~5例ってところでした。
歌詞の↓充電:初期の用例
歌詞検索サイトUtaTenでの最も古い↓充電の用例は2003年のこちらでした。
充電の切れた音
繰り返し聞いたわ…
Venus in The Dark(2003)
中島 美嘉
¥255
↓充電の誕生には何か特別なきっかけがあったわけでなく、↑充電が身近になって自然に生まれた用法に思えます。
日本語警察もほとんどスルー
辞書を基準とすればベクトルが真逆であるにもかかわらず、↓充電に対する日本語警察の動きはここまで鈍かったと言わざるを得ません。捜査記録をたどると2017年の次のツイートが見つかった程度です。
◆ことばリサーチ◆「スマホの充電が切れそう」。よく耳にする表現ですが、違和感があるという人もいます。「充電」は蓄電池などに電気をためることなので、「充電が切れる」ではおかしいとの考えのようです。みなさんだったら、こんな場面で何と言いますか。最もよく使うものをお選びください。
— 日経 校閲 (@nikkei_kotoba) December 8, 2017
「知らんがな」と言わんばかりの投票結果もすがすがしいです。
つか、代案めかした「電池・バッテリーが切れる」も「充電が切れる」と同工やし。いわば↓充電のパイセンですから。後ほどあらためて述べます。
日本語の奇妙な充電 ―我が身とレンタカーとの比較から―
レンタカーならハイオク満タン現金で元通り。
――椎名林檎《走れゎナンバー》(2014)
↓充電の充電とは、辞書風に書けば「↑充電によって蓄えられた、電力として利用できるエネルギー」のことです。
その電気エネルギー的何かを「充電」と表すのがどれほど奇妙なことか。それを確かめるため、レンタカーと我が身とを並べて、それぞれの使用語彙の関係を比べてみましょう。充電の主体には一存で「スマホ」を選びました。
ポイントは2つです。
- 主体別の、〈満たす行為〉〈入れ物〉〈動力〉それぞれの語彙
- 〈満たす行為〉の完了から次の〈満たす行為〉までのあいだにどれが「減る」か
(表)主体別のアゲ/サゲ 関係
主体 |
満たす行為 |
入れ物 |
動力 |
どれが「減る」? |
人 (通常人) |
食事 | 腹 | 栄養 | × 食事 ○ 腹 × 栄養 |
人 (病人) |
点滴 | 血管 | 点滴 | ? 点滴 × 血管 ? 点滴 / × 栄養 |
自動車 (エンジン/HV車) |
給油 | タンク | 燃料 | × 給油 ? タンク ○ 燃料(ガソリン等) |
スマホ | 充電 | バッテリー/充電池 | 充電 | × ↑充電 ○ バッテリー / ○電池 ○ ↓充電 |
減るものにマーカーを付けてみました。充電一族の奇妙さが際立ちます。
- なぜに〈満たす行為〉と〈満たされた動力〉が同じワードなのか?
- なぜに〈動力〉だけでなく〈入れ物〉も減るのか?
栄養を経口摂取できる通常人の場合に腹が減るのはわかります。「腹」はある程度形が変わるからです。中身が詰まれば膨れるし、中身が減れば一緒に縮んで減りますので。
一方、バッテリーあるいは電池が蓄えた中身の量はその外見からは判断できません。フルだろうが空だろうが外見は同じです。むしろ見た目に満腹のバッテリーは危険です。即使用中止ものです。
それなのになぜ、バッテリーは減るのでしょうか? 電池も同じくです。
自動車のタンクの場合、ふつう減りませんよね。減るのは燃料です。外見で中身の量も判断できないし。
英語とも比較してみましょう。「スマホ」を主体とした日英比較です。
主体 |
満たす行為 |
入れ物 |
動力 |
どれが「減る」? |
スマホ | 充電 | バッテリー/充電池 | 充電 | ? 充電 ○ バッテリー / ○電池 ○ 充電 |
smartphone | charge | battery | power | × charge △ battery ○ power |
電力の減ったバッテリーを「low battery」とは言うので、△です。
これらの語彙を使ってCOVID-19ワクチンのことを言った比喩的な用例がありました。
“Get boosted now. Covid vaccines lose power like batteries”.
Courtesy of British Government. pic.twitter.com/Gp1F2gCvft
— Alf (@ErrejondeDos) December 25, 2021
減るのがpowerであることは、COVIDワクチンの効力もスマホのバッテリーも同様との主張と承りました。
まとめ
ああ、燃料0%を切った我が身は、
何処へ返そうか。――椎名林檎《走れゎナンバー》(2014)
第1回の隠れ新語大賞を発表しました。今回の大賞「充電」レベルの隠れた新語は、年に1つ見つけられたら十分満足な御の字だと思っております。
↓充電の新語ぶりをたたえるついでに、充電について能弁に何ごとかを語ろうとし始めましたが、結論に至る前に我が身の充電がやばくなってきました。
なんでこんな奇妙きてれつなことになっているのか。
どうも日本語は無形物の扱いが苦手なのではないか、というのが目下の仮説です。
どうしようもないので今日はここまでといたします。研究を続けます。
第2回の開催は、日本語警察の新語オービスのはたらきしだいです。
来る2022年は、わが企画アカウント(@Lompame)を「日本語警察の手帳」として運用してまいります。
♪~決して捜さないでーーー
〈♪~~〉
おわり
コメント
「充電が切れる/なくなる」の「充電」(「↓充電」)は、「充電池」の略と理解すればいいのではないでしょうか?略称は語呂が命ですから。