日本語警察が最先端の「更問い」研究成果を見せてやりますよ。
『美味しんぼ』の山岡士郎みたいな言いぐさから入ってみました。
結論
結論を先に書きます。
- 「更問い」は公務員用語です。
- 送り仮名を付けずに「更問」と書くのが、公務員のあいだでは本流です。
- 行政(≒公務員)は、聞かれるとき/聞くときの両方に「更問」を使います。
- 江戸時代の仏教書にも「更問」がありました。
管見ではこれ以上の情報をいま誰も持っていないので、これが世界最先端の「更問い」研究成果です。
ですからさらなる新事実を見つけたらあなたも最先端の「更問い」研究者になれますよ。めっちゃイージー。
※写真はイメージです
序:うかつな更問いトーク
「更問い」が三省堂「今年の新語2021」第8位にランクインしたことを、TBSラジオ記者の澤田大樹さんの名前と一緒に言及するツイートが複数ありました。ごく限定的にでも「更問いといえば」のパブリックイメージがあるみたいですね。
「更問い」は業界用語よねぇ。 https://t.co/177Aj5upht
— 澤田 大樹 (@nankuru_akabeko) December 1, 2021
と、澤田さん本人にも届いたようです。
YouTube>武田砂鉄×オークラ【アシタノカレッジ】|TBSラジオ公式(2021/12/03付)のアフタートークから書き起こしてみました(1:59:30あたり~)。
~~
澤田:こんな流行語があると教えてくださった方がいて 三省堂の辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2021」選考発表会ていうのが今週火曜日、あったんですって(略)この第8位に、この番組でもおなじみのワードがありまして
武田:なんですか
澤田:更問い
武田:更問い出た これはもう業界用語でしょう
澤田:業界用語 記者しかたぶん、政治部の記者とかしか使わないんじゃないかなっていう
~~
記者の勤めを果たすにはこの種の俗っ気が不可欠なのかもしれませんし、気軽に楽しんでもらうためのおしゃべりに難癖つけるのもしのびないですが、一般人が更問いと一緒に名前を出すような方であっても、このレベルの見識だと知れました。
つづき。
~~
武田:使ってないしこうやって電波に乗っかるといえば、澤田大樹、神保さん、荻上チキ
澤田:TBSラジオ案件ですよこれ
武田:ほぼTBS案件 これはやっぱり8位でも授賞式にも出てもらって 澤田さんと小野広報官かなんかで出てもらって あるいはね、菅さんに出てきてもらって、記者会見で更問いが8位になりましたねっていったら質問は1問にしてくださいっていって
澤田:そこで終わるっていう
~~
乗せられて本物の「今年の新語」も「更問い」も知らないでうかつなおしゃべりにうつつを抜かしてるなんて、とんだ茶番ですね。
と、山岡士郎ばりに煽ってみたくもなります。
ほかに今年の新語警察として興味深い用法もありますが、ここではスルー。
更問い若葉マークの澤田さん
澤田大樹さんがTwitterで「更問い」を使い始めたのは2021年5月のこのツイートからです。
分科会メンバーがきょう緊急事態宣言下で「開催するようなことができないし、あってはならない」と言っていたが、と更問いしましたが、IOCのコーツ氏は対策しているので「緊急事態宣言下であってもなくても開催できる」と発言
「緊急事態宣言下でも五輪開催」とIOC(共同通信)https://t.co/3XpLKSvzsP
— 澤田 大樹 (@nankuru_akabeko) May 21, 2021
ドライバーなら初心者マークですね。
更問いによって一部で知名度を得ている人が、「更問い」についても何かしらの見識を備えていると期待するのが過大だという話、なんでしょう。
公務員用語「更問い」
更問いは公務員用語です。
「2010〜2011年に経済産業省に勤務していた」と自称する方の記事がありました。
「更問」(さらとい)は役所の専門用語で、問に答えた後に追加でなされる関連の質問のことを指す。(略)将棋で先々の手を読むように「更問3」、「更問5」と回答集を用意しておくのが通例だ。
想定問答は例えば、「問は枠で囲んで3行以内」「文字の大きさは18pt.」「参考の文字は16pt.」「答は数字の後に『.』(ポツ)を入れる」など、細かく「お作法」が決まっている。これらは各省庁で異なり、大臣や幹部らの意向で変わり得るものの、平の職員が独断で変えるのはご法度だ。
出典:進次郎環境相の沈黙のナゾ。周到すぎる官僚たちの想定問答集はどこに消えたのか(南龍太)|Business Insider(2019/10/04付)
記事内に、自作の想定問答集のサンプルも付いていました。ご苦労さんです。
送り仮名なしの「更問」が本流
公務員のあいだでは、送り仮名を付けず「更問」と書くのが本流のようです。前掲の記事も「更問」表記でしたね。
ツイートは別としまして、Webサイトの文書の中で、送り仮名のある「更問い」用例は見つけられませんでした。
もしも自分が日常的な「更問」使いの公務員だったとしたら、「更問い」を間違いとまで言わずとも、軽い違和感は覚えそうです。たとえば「竜巻」を「竜巻き」と書いているようなものなので。
行政もすなる更問
行政(≒公務員)は、聞かれるとき、聞くとき、両方に「更問」を使います。
想定問答を代表に、行政が聞かれる側の用法ばかりがクローズアップされてしまっている2021年末の更問(い)ですが、逆に聞くときも更問を使うとわかりました。
アンケート調査で、こういうパターンに見覚えありませんか?
【問1】あなたは「今年の新語2021」よりも前に「更問い」を見たり聞いたりしたことがありましたか?
○あった
○なかった
【「あった」と答えた方に】どこで「更問い」を見聞きしましたか。次の中から当てはまるものすべてお答えください。
はいストップ!
特定の回答をした相手にだけ続けて行う質問。このタイプがまさに公務員用語の「更問」なのです。
実例を示した方が早いかもしれません。厚生労働省の調査マニュアルからです。
出典:[PDF]都道府県健康・栄養調査マニュアル|厚生労働省健康局総務課 生活習慣病対策室(2006) p.25
こういうやつです。
同じ文書の42ページに、この設問を例に出して集計方法の指示がありました。
一部テキストにしておきます。
①各質問項目の未回答は、集計から除く。
ただし、更問で未回答があった場合は未回答として計上し、回答者数を元の問いの回答者数にあわせる。
とかこと細かに定めてるくせに、「更問」はノー注釈です。内輪では余計な説明いらずで通じるってことですね。しかも「更問」する調査票のサンプルにその文言が現れないのですから、一般人は知らないはずです。
「更問」は、政府や地方自治体が行う世論調査に係る文書にわんさか出てきます。よかったら探してみてください。
「更問」は江戸時代から
次に当然の疑問として
- 行政はいつから「更問」を使っていたのか?
- 聞く側/聞かれる側、どちらの「更問」が先に成立したのか?
といったところが出てきます。しかし結論はまだわかりません。研究の進展を待ちます。
私は日本語警察なので、見慣れない「新語」に出会うと国立国会図書館デジタルコレクションの検索結果からだいたいの初出時期と使われぶりをおおまかに探ってます。それで例のごとく「更問」を探してみたら、多数のなんちゃら「変更問題」に混じって、江戸時代の仏教書が「更問」を使っていました。
出典:『智証大師全集.中巻』(1919)p.684 刻義釈更問抄序
漢文読めないのであまりうかつなことは言えませんけれど、わがの読解力では経の解釈に関する問答のダイジェストに見えます。
「寛政辛亥」を調べると西暦で1791年でしたので、18世紀末の仏僧のあいだには「更問」が出回っていたと言ってよさそうです。
このページなど「更問」しまくってました。
出典:同 p.687 義釈更問抄巻下
このほかに、「更問」の文言は道元の『永平広録』の注釈書を翻刻した中にもありました。
梅花明ノ雪裡ニハ、別ノ来諭アルヘカラストイヘトモ、更問スラクハ、一陽至ナリ。
出典:[PDF]菅原諭貴「愛知学院大学図書館所蔵『永平広録點茶湯』の翻刻」(三) 苫小牧駒澤大学紀要第十七号(2007)p.41
更問「スラクハ」と続いているので、音読みして「こうもん」と読んでいたのでしょうか。読みはともかく、意味としては現世の「更問い」と変わらないように思います。
『永平広録點茶湯』は、『永平広録』の注釈書であり、瞎道本光(一七一〇~一七七三)が、寛保二年(一七四二)より、宝暦十二年(一七六二)までの二十余年間にわたって本文の一々について推敲を重ね、注釈を施したものである。
出典:同.要旨 p.27
とありますので、こちらも18世紀の書物です。
まとめ
「更問い」とは、まずは公務員用語です。というお話でした。ですからうかつに
更問いって今年の新語なの、就職してからずっと使ってる気がする
— べしぇ (@beshe0327) November 30, 2021
なんてツイートしていると、現下の「更問い」普及状況からは身バレとまでいかずともかなりの程度ツイート主の職業を絞り込めてしまいます。
試しに登録してみようと思ったら、本人確認証明書のところでマイナンバーカードが使えないようで、行政主導のアプリにも使ってもらえないのかと悲しくなった pic.twitter.com/ewZuKgGuKe
— べしぇ (@beshe0327) December 2, 2021
すっかりそっちの人のものいいですね。
現世の公務員たちが「更問」を江戸期の仏教書から持ち込んだのか、そこはまだわかりません。仮に接点がなくとも、「更」も「問い」もごく普通の日本語ですので「更問」は十分成り立ちます。
というわけで「更問い」の世界は未解明の領域だらけのフロンティアでした。
ひとまずそんなところです。
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