こんばんは。林修ナイトの時間です。
「あすなろラボ」でのおデブ向け授業の感想シリーズその4です。
言葉じりの話です。
この記事で言いたいこと
1) 授業で林さんは、ミロのヴィーナスと伊東絹子さんの「八頭身事件」を例に、われわれは西洋の美意識、価値観に屈したとしていました。
これに、次の補足を加えておきます。
- 「西洋」では不正確です。厳正を期して言うと、それは「都市」の美意識です。
- もっと言うと「屈した」も不適当な表現です。社会の様態の変遷とともに、必然的に移ろっただけです。
2) といっても言葉じりの問題です。「西洋の美意識に屈した」でも日常的には差し支えないです。
女性像の4類型
林さんが言う
林「まあこっから僕の推測にもなりますけれども、西洋はもともと美人はこうなんですよ」
が、厳密には間違いであることを示します。
「ヴィーナス」「女神」と称される古の像をいくつか取り上げ、林さん流の手法を使って2つの軸を引いて対比させてみるとわかります。
- 1つめの軸は「西洋」と「日本」
- 2つめの軸は「均整」と「豊穣」
です。2×2=4つの類型に分けて見ていきます。
1.「西洋」の「均整」
林さんが授業で紹介した「ミロのヴィーナス」がこのパターンです。画像も掲載しておきます。
ミロのヴィーナス(ギリシャ|1820年発見|2100~2130年前(130 – 100 BCE))
※画像はwww.louvre.fr より
2.「西洋」の「豊穣」
西洋でも、さらに時代をさかのぼれば、ふくよかな女性の像がいくらでもあります。Wikipedia: Venus Figurines のリストからいくつか紹介します。
地域、発見年、推定年代は、いずれも画像の引用元からです。
1)ホーレ・フェルスのヴィーナス(ドイツ|2008年発見|35000~40000年前)
※画像はWikipedia Venus of Hohle Fels より
2)ドルニー・ヴィエストニツェのヴィーナス(チェコ|1925年発見|27000~31000年前)
※画像はWikipedia Venus of Dolní Věstonice より
3)ヴィレンドルフのヴィーナス(オーストリア|1908年発見|24000~26000年前)
※画像はWikipedia Venus of Willendorf より
4)ローセルのヴィーナス(フランス|1911年発見|25000年前)
※画像はWikipedia Venus of Laussel より
どれも豊穣を意図しているように見えます。決して技巧面の巧拙の問題ではないと思います。
3.「日本」の「豊穣」
土偶 “縄文のビーナス”(長野県・棚畑遺跡|1986年発見|縄文時代中期 4000~5000年前|国宝)
※画像は茅野市・国宝「縄文のビーナス」と重文「仮面の女神」より
妊娠した女性をかたどったものとされています。
4.「日本」の「均整」―縄文の八頭身事件
縄文時代の日本にも、八頭身美女はいました。こちらです。
土偶 “縄文の女神”(山形県・西ノ前遺跡|1992年発見|縄文時代中期 4500年前|国宝)
※画像は文化遺産オンラインより
縄文時代にしてこのフォルムは素敵すぎます。
※画像は国宝・縄文の女神~日本最大の土偶~ 公式サイトより
均整は、「都市」の美意識
「ミロのヴィーナス」に象徴される美意識を「西洋の」というのは正確ではないとしました。では、何と呼べばいいのでしょう。
「都市」の美意識、価値観と称することにします。
ここでの「都市」とは、ざっくり「食料に関わらない人が生きていられる場所」と定義しておきます。
「食料に関わらない人」をもう少し詳しく言うと、食料に関しては、消費するだけの人という意味です。狩猟なり採集なり、あるいは農耕なりに一切、ないしはほとんど関与しません。
その分、ほかのことに時間を費やしている人です。
都市民のする「3さく」
食料の産生に寄与しない都市の民、略して「都市民」は何をやっているのでしょうか。これも林さんっぽく、3つにまとめて言ってしまいましょう。
それは「3さく」です。都市民のする「3さく」とは、
- 軍事・政治の「工作」
- 哲学・学問の「思索」
- 技術・芸術の「創作」
です。
農耕民が、稲作畑作の耕作に勤しむ一方で、都市民は「工作」「思索」「創作」の「3さく」に励むのです。
都市はどの時点で生まれるか
都市はどの時点で生まれるのでしょうか。
定住し農耕を行っていても、都市を持たない社会もあります。とすると、農耕社会の発展段階のある時点が分かれ目、Tipping Point なのかなと思います。
縄文の都市の可能性
ミロのヴィーナスがあったミロス島を含め、古代ギリシアの各地には「ポリス」と呼ばれる都市国家がありました。
その伝でいけば、「縄文の女神」の当時、そこにも都市があったことになります。論理的には。
何が何に屈したのか
そう考えてくると、「われわれ」は何に「屈した」のだろうかという疑問が湧いてきます。
「われわれは西洋の美意識、価値観に屈した」のではなくて、「屈する」という闘争的な表現をそのまま使うのであれば、
「原始的な農耕社会」が「都市社会」に屈した
となるはずです。
原始的な農耕社会に、軍事・政治に励む「工作」の民はいません。地勢的に棲み分けができる条件でもない限り、前者に勝ち目はありません。
「都市」で「豊穣」の維持は無理ゲー
「3さく」に励む都市民にとって、「豊穣」の価値観の維持は困難です。以下に、そのメカニズムを説明します。
狩猟採集にしろ農耕にしろ、極論すれば食料の産生は彼らには他人事です。たしかに食料の供給が絶たれては困ります。けれどもその事実が、食料が「多ければ多いほどいい」を意味するかが問題です。
都市民のうち、軍事・政治に励む「工作」の民であれば、食料はthe more, the better 「多ければ多いほどいい」でしょう。
しかし「思索」「創作」の民にとっては、食料供給が一定ラインを超えてしまえば、それ以上「多い」ことに価値はありません。
彼らが求める価値は、むしろ「この世にない」「この世でない」価値です。
そんな「思索」「創作」の民が、「豊穣」よりもミロのヴィーナス的な「均整」の方に高い価値を覚えるのは、きわめて当たりまえなことに思えます。
そして工作の民も「均整」の価値を知る
そうして「思索」「創作」の民によって、いろいろな形で「均整」が具現化されます。
そこで示された「均整」の価値は、「工作」の民にも理解できるものです。多少の時間が必要かもしれないにせよ、「工作」の民もまた、その価値を理解できるだけの素地を持ち合わせています。
なぜなら彼らもまた都市民であり、「豊穣」の源泉である自然界からは離れて生きているからです。
「工作」の民にとって「多ければ多いほどいい」ものとは、食料、耕作地、農耕民などです。どれも大なり小なり人の手が入っていますから「自然そのもの」ではありません。
別の言い方をすると、「多ければ多いほどいい」のは、彼らの「工作」のための道具やリソースであり、自然からの恵みではありません。
女性像をめぐる普遍的な感性
ここまで、都市の中で「豊穣」から「均整」へと美意識・価値観が移ろっていくメカニズムを見てきました。
けれども、より高い次元でとらえれば、普遍的な価値観はしっかりと揺るがずにあるのだとも言えます。
というのも、次の2つの感性が、時を経てつながっているからです。
- 「豊穣」「均整」のいずれにせよ、また、どのような動機からにせよ、女性の姿を形に残した太古の人びとの感性
- 発見した古代の女性像を「ヴィーナス」「女神」と名付けてしまう後世の考古学者らの感性
その共通点を端的に述べるならば、
女すげーな です。
僕もしごくナチュラルに共感できます。
人類のこの感性は、少なくとも3万年ほど変わっておらず、また今後も変わることはまずないと思われます。
しょせんは言葉じりの問題
ここまでかけて、「われわれは西洋の美意識、価値観に屈した」があまり精密な言い方でないことを解き明かしてきました。
それでも、しょせんは言葉じりの問題です。
延々と論ってきたもろもろになど構わず「西洋の美意識に屈した」としても、何か重大な不都合が生じるわけでもありません。
おわりに:ヴィーナスの変遷
最後に、ヴィーナスの言葉じりも固めておきます。引用は「広辞苑」より。
ヴィーナス【Venus】
ローマ神話で菜園の守護女神。のち、ギリシア神話のアフロディテと同一視され、美と愛の女神。ウェヌス。
その担当領域が、「菜園」(=農耕民の持ち場)から「美と愛」(=都市民の持ち場)へとスライドしていったあたりもまた、象徴的であります。
ご静聴ありがとうございました。
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