電子書籍のサンプル版で翻訳のファクトチェックをやってます。まとめポータルはこちらです。
- トピックごとに適当にタイトルを付けています。
- 電子書籍を参照していますので、引用部分の表示として、ページの代わりに訳書独自の見出しタイトルとkindleの位置Noを使います。
- 引用部の下線はすべて引用者によるものです。
第1章 島流し 9月3日(水)
からの続きです。
#6:翻訳書あるあるの合わせ技
「時制の無視・軽視」に加えて、新たに「辞書が引けない」が「翻訳書あるある」になりました。
訳書
マキシンはゆっくりと自分のデスクに向かって歩みを進めた。〈前のデスクだ。ずっとそこで仕事をしてきたんだわ〉(フェニックス・プロジェクト)
原書
Maxine slowly makes her way back to her desk. Her old desk. Where she used to work.(位置No.212-213)
ファクトフルな日本語文案
これぐらいですかね。
マキシンはゆっくりと自分のデスクまで戻ってきた。〈懐かしの、かつて仕事をしたデスクに〉
コメント
1. 原文のbackが訳から落ちてます。
2. oldは、
Used to express affection, familiarity, or contempt.(好感、親愛の情、軽蔑を表すのに使われる)
old / lexico.com
このニュアンスを生かしたいです。
3. used to なので、過去の習慣を表します。現在完了時制の「ずっと~してきた」じゃないです。
ここでのマキシンは死の受容でいう「抑うつ」段階なので、基本ネガティブに取ってるわけですね。
#7:もう少しセンスを
間違いでもないけどもうちょっとなんとかならないかと思ったので、なんとかしてみました。
訳書
この25年の仕事は、自分の手際のよさ、正確さ、クリエイティビティ、嗅覚、そして何よりもまず自分の能力を駆使して、自分の指示に従うようにテクノロジーを飼いならすことだった。(フェニックス・プロジェクト)
原書
She knows that for the past twenty-five years, her job has been to bend technology to do her bidding—efficiently, effectively, precisely, with creativity and flair, and most importantly, competence.(位置No.214-216)
コメント
1. bendには「飼いならす」ニュアンスもありますが、ここは普通の「曲げる」意味でいいと思います。単に「当てはめる」よりも、手間や創意工夫が入っているイメージです。
2. effectivelyが抜けてます。
3. 「with creativity and flair」で1つなので、読点(、)で区切って2つに訳すのは変です。
4. flairを「嗅覚」にするのも意味を絞り込みすぎの気がします。
A special or instinctive aptitude or ability for doing something well.(何かを上手に行うための、特別または本能的な適性や能力)
flair / lexico.com
なので、日本語は「センス」にします。ある英単語を別の外来語に置き換えるのは嫌いですが、いちばんぴったりくるので。
ファクトフルな日本語文案
この25年のあいだ、彼女の仕事はといえば、自分が望むようにテクノロジーを合わせてゆくことだった。手際よく、効果的に、正確に、創造性とセンスと、そして何よりもまず、才覚を持って。
#8:そこはatなので
前置詞を誤読した結果、意味が変わっていました。
訳書
〈なにしろ、フォーチューン50に入る企業からの依頼がもっとも多いコンサルタントのひとりだったのよ〉(フェニックス・プロジェクト)
原書
After all, dammit, I was one of the most sought after consultants at the top Fortune 50 companies, Maxine reminds herself.(位置No.219-220)
ファクトフルな日本語文案
atだから、こうですね。
〈なにせ、フォーチュン50企業にいて引く手あまたの人気コンサルタントだったっちゅうの〉マキシンはそう思い起こした。
dammit含め、略してあるところも全部入れてみました。
コメント
atなので、コンサルタントはその企業に所属しています。
「discover the career path at McKinsey」 (Careers|McKinsey and Company)とか、他業種でも「Working at Starbucks」みたいに使います。
訳の意味になる前置詞ならforあたりでしょうし、もっと言うと、たとえば
I was one of the top fortune 50 companies’ most sought after consultants.
I was one of the top consultants the fortune 50 companies ever sought after.
みたいな、若干違う書き方になる気がします。
#9:その時間感覚・part1
幻を見たのかも。
訳書
彼女が家族とともにクアラルンプールから飛行機で 24 時間近くかけて帰ってきたのは、つい昨日のことだ。(フェニックス・プロジェクト)
原書
Only yesterday, she and her family were getting off of a nearly twenty-hour flight back from Kuala Lumpur.(位置No.229-230)
コメント
原文のファクトは「20時間」です。KULから米国西海岸のLAX, SFO, PDX, SEAまでの各フライト時間を調べるとおおかたそんなところでした。
「twenty-four」の幻でも見たんですかね。
ただしサンプルの範囲から物語の舞台であるエルクハート・グローブがどの州かは読み取れません。西海岸とも限りませんし、位置関係を鑑みて所要時間を手直ししている可能性もあるといえばあります。
ファクトフルな日本語文案
つい昨日、彼女は家族とともにクアラルンプールから20時間近くのフライトを終えて帰ってきたところだった。
少々くどいですが、were getting off ofの過去進行時制がなるべく残るようにしてみました。
#10:その時間感覚・part2
訳書
一生が終わるかと思うほど長い間、彼女は息ができなかった。(フェニックス・プロジェクト)
原書
For what felt like a lifetime, she couldn’t breathe.(位置No.234)
コメント
まるで一生ぶんの時間に感じられた、という意味なので、それが終わるかどうかは無関係です。
さらに言えば「長い」も疑えます。ここは主観の話なので、それが実際どのくらいの長さだったかは二次的な問題です。長くてもいいんですけど、わからないです。
ファクトフルな日本語文案
一生涯と思えるほどの間、彼女は息ができなかった。
#11:そのherdにもう一声
電話で、セキュリティ機能がデータベースのレコードを破壊したとマキシンが知ったところ。
訳書
彼女は大声で汚い言葉を吐いた。空港のコンコースにいた親たちは、全員、小さな子どもたちを彼女の近くから引き離した。(フェニックス・プロジェクト)
原書
She cursed loudly. Parents all around herded their young kids away from her on the airport concourse.(位置No.235-236)
コメント
悪くないですが、herdの持つ、示し合わせてもいないのに揃って同じ行動を取るニュアンスが欲しいです。小魚の群れが一斉に向きを変える、あんなイメージ。
ファクトフルな日本語文案
周りの親たちがみな、小さなわが子をコンコースにいる彼女からさっと引き離した。
コンコースがどの範囲を指すか読み切れてないので結果同じかもしれませんが、あくまで文章上は、on the airport concourseに位置するのはher=マキシンです。
まだまだありますけど、今日はこれぐらいで。
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