こんにちは。
この世間ではどういうわけか、
- 一段落を「ひとだんらく」と読むのは誤り
という説がそこそこ信じられています。
信じるだけなら好きにすればいいと思いますが、信心深さが高じてなのか、「ひと段落」への攻撃もTwitter世間を中心に日常的に観察できます。迷惑な話です。
いったい何を根拠に、そのような珍説・妄説の類を披露、あるいは支持信奉するのだろうか?
そう疑問に思って、ぼつぼつと「先行研究」を参照していたところ、ひとつの法則を発見しました。それが
- 「ひと段落」叩き、素人ほど厳しい説
です。「一段落」に関して言えば、権威、といいますか、それなりの見識と責任を期待されているところからの発信ほど、マイルドかつ慎重です。
それが幾段階も経て、責任を持たない言わばクソ素人になればなるほど、主張が過激になっていき、さらには「ひと段落」への攻撃性も高まる傾向が認められます。
この記事では、そのさまをたどります。
※写真と本文は関係ありません
検証:「ひと段落」叩き、素人ほど厳しい説
厳しくない順、すなわち素人から遠いところを起点にレベル分けしてみました。線引きの基準は適当です。
レベル1:政府刊行物
まずはみんな大好き日本政府から。
1995年刊行の文化庁『言葉に関する問答集 総集編』の「一段落」は「イチダンラク」か「ヒトダンラク」かでの結論は、こうです。
「ヒトダンラク」という言い方は許容としては認められても、普通の言い方としては「イチダンラク」を採るのが穏当であろう。(p.403)
なお初出は第19集(1993)とのこと。
さらに同書の前書きには、国語施策に関して
当然のことながら、国民の言語生活全般を拘束するものではなく、またそれ以外のものが日本語としてすべて間違いであるとしているものでもありません。(p. i)
とし、刊行の趣旨についても
国民の言語生活について規範を示そうとするよりも、むしろ人々が日本語について考えたり話し合ったりするきっかけとなり、参考となるものであることをねらいとしております。(p. i)
と断ってあります。
セットでとらえれば、文字どおり穏当な発信です。
総合して、おいそれと反論のしにくい論調になっています。するけど。
レベル2 国語辞典
次は国語辞典です。と項を立てたのはいいですが、根が貧乏なうえ近ごろヒマも体力もなくなってきたので、現物をまるで追えていません。この記事では間接的な確認でお茶を濁します。お金ください。
ということで前掲の『言葉に関する問答集 総集編』によると、17種類の国語辞典で「一段落」を調べた結果
すべての辞書がこの語を「イチダンラク」として掲げている。(p.402)
注記などの形で「ヒトダンラク」に触れているものもなかった。(p.402)
としています。初出の1993年当時の辞書業界での「ひと段落」の扱いは「無視」もしくは「不知」だったことがうかがい知れます。政府刊行物ですが調査結果の改ざんはないと思いたい。
なお時代を下っての昨今の辞書事情の一端は、こちらのネット記事などでうかがえます。と言いつつこれも若干古めの情報ですが。
「一段落」の正しい読みとは?(神永曉)|日本語、どうでしょう?(2011/10/17付)
レベル3 マスメディア
このレベルになると、遠回しに「ひと段落」へのヘイトをにおわせ、時には焚きつけ煽ってきます。
おおむね迂遠で狡猾な順に紹介します。組織を代表する見解なのか否かの半信半疑も込みで見ていきましょう。
NHK(その1)
A 「一段落」の伝統的な読みは[イチダンラク]です。
…「一段落」について、国語辞書の中には[イチダンラク]の項目・語釈の中に「『ひとだんらく』ともいう」などと補足している辞書もありますが、放送では伝統的な読みの[イチダンラク]を採っています。
「一段落」の読みは? ○[イチダンラク]×[ヒト~] NHK放送文化研究所(メディア研究部・放送用語 豊島 秀雄)(2010/12/01付)
こんな具合です。タイトルに反し、本文をよく読めば「ひと段落は誤り」とは主張していないことに注意が必要です。
NHK(その2)
『NHK 間違いやすい日本語ハンドブック』(2013)には、「一段落」の話が1冊の中になんと3回も出てきます。
まず巻頭の「はじめに」。
「議論がひと段落したら、休憩しましょう」
これは、「いちだんらく」が正解です。(略)ひと段落と発音する人も増えてきました。しかし、放送では、まだ「いちだんらく」がいいでしょう。(p.3)
その舌の根も乾かぬ3枚先、Section 1「誤読&誤用ワースト110」に入った冒頭、ドあたまに。
一段落 イチダンラク 日常会話では「ひとだんらく」という人も増えているが、放送では今のところ認められていない。(p.8)
さらにSection17「難読の熟語・慣用句211」にも。
一段落 イチダンラク ×ヒトダンラク。(後略)(p.228)
余談ですが、飯間浩明さん出演の「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK総合, 2018/06/11 OA)で、ナレーションが「的を得る」を「誤用とされる」と紹介したときに映っていたのも、この本のページ(p.249)です。
そのときの出典表記の字幕が「間違いやすい日本語ハンドブック」となっていて「NHK」の文字がカットされていたのは、たぶん意図的です。
毎日新聞
「プロジェクトはひと段落」と書かれた文を「一段落」と直した。これを「ひとだんらく」と読む人は少なくないようだが、辞書には「いちだんらく」で項目が立っており、大辞泉は「ひとだんらく」を「『いちだんらく』の誤読」とはっきり書いている。正しい読みも覚えておきたい。〔信〕
— 毎日新聞・校閲グループ (@mainichi_kotoba) 2016年3月17日
【直したい表現】「ひと段落した」→○「一段落した」 ◆「いちだんらく」が本来
— 毎日新聞・校閲グループ (@mainichi_kotoba) 2018年3月2日
わざわざトガった主張をするものを選んで「辞書もこう言ってますよ」と喧伝するスタイルです。
【今日のヒヤリ】
「ひとだんらく」は「『一段落(いちだんらく)』の誤読」(大辞泉)だそうですが、「話し言葉では使われることも多い」(同)ですよね。「いち」派も「ひと」派も、漢字で「一」にすれば解決でしょう。 pic.twitter.com/Ksd7Wq9eDC— 毎日新聞・校閲グループ (@mainichi_kotoba) 2014年11月24日
「いち」「ひと」両派の存在を認めつつも、「ひと段落」のかな表記は認めないスタイルです。
朝日新聞
解説【一段落(いちだんらく)つく】
(略)「ひと段落ついた」 というのは本来の言い方ではありません。
前田安正『朝日新聞校閲センター長が絶対に見逃さない 間違えやすい日本語』第3章 会話を豊かにする社会人の日本語 p.149
読売新聞
×ひと段落 → 一段落(読みは「いちだんらく」)
『読売新聞用字用語の手引 第5版』(2017)誤りやすい慣用語句、表現 p.388
論調がしばしば対比される朝日・読売の両紙ですが、「ひと段落」への態度は仲良く一致しているようです。
日本経済新聞
仕事に区切りがついて一段落…というときの一段落ですが、これを「ひと」段落と読むのは本来誤用。「いち」段落と読むのが正しい読み方です。とはいえ「一安心」「一区切り」「一苦労」など一を「ひと」と読む例はたくさんあり、話し言葉では「ひと段落」がかなり普及しています。
— 日経新聞 記事審査部(校閲担当) (@nikkei_kotoba) 2013年11月12日
といった具合に、メディアのある者は実に周到に、またある者は実に不用意に、「ひと段落」の誤用認定をしています。
レベル4 素人
素人は責任を持ちません。責任を持たないがゆえ、つまらない真実より面白いでたらめを好みます。
そして素人は、「ひと段落」を躊躇なく間違いと断定します。
同工のネット記事は犬のクソ並みに転がっていますが、読みやすさと(根拠のない)主張の網羅性を評価して1つ紹介しておきます。
「一段落」ってなんて読む?過半数が「ひとだんらく」と回答…それ間違ってますよ!(松本美保)|CanCam.jp(2017/10/05付)
根幹である「それ間違ってますよ!」がまさに間違っているその一点を除けば、良記事だと思います。この記事を代表にしたことにそれ以上の他意はありません。
レベル1から4まで、これら数々の言説を浴びた一般人が、半ば無意識の劣化コピーをぶつける「最終ステージ」までくると、もはや末世です。
実在を疑われるのも不本意ですが、哀れなので実例は出さないでおきます。
うっかり「ひと段落は誤り」と吹き込まれた素人が、何かの折りに「ひと段落」叩きに狂奔してしまう、あるいは「ひと段落」を無闇に嘆いてみせる現象もまた、素人の特質から生まれていると言えそうです。
それがまた政府・辞書・メディア界に返っていく、そんな構図が見いだせます。
元・一般人のケース
「ひと段落」叩きは素人ほど苛烈となる。
説の傍証として、とある有名人の、まだ一般人に近かった時期のブログ記事からひとつ。
さて、 「一段落」の正しい読みは?
などとくだらないクイズから始めてしまいましたが、(略)
ちなみに、解答は当然「いちだんらく」ですよね。「ひとだんらく」と言われると、、イラッときて必ず直します。
ちょっと一段落|林修オフィシャルブログ「いつやるか?今でしょ日記」(2012/02/29付)
「今でしょ!」がブレイクして林修さんが一躍有名となったのは、2013年のこと。その頃テレビでいい加減なことを言って(嫁に)こてんぱんに批判されたりしたこともあったりで、→当時の記事(2013)
冠の新番組が「新鮮味ゼロ」「またお前か」と疎んじられるほどの有名人となった昨今では、「一段落」のことも
「仕事が落ち着いた林先生 ふさわしい言葉は?」との問題。正解は「いちだんらく」。使用する人が多いため「ひとだんらく」と書かれている辞書もあると話した。
2018年5月23日放送 林修のニッポンドリル|TVでた蔵 より
と、両論併記のもの言いになっているようです。
まとめ&次回予告
ひとしきり「先行研究」を追いかけて改めてわかったのですが、一段落を「ひと段落」と読むのは誤りって、全然根拠がないんですよね。
なぜなら、漢字の「一」は「いち」とも「ひと」とも読めるから。よって、
一段落は「いちだんらく」である
から自動的に
一段落は「ひとだんらく」ではない
は導けないのです。
ですから根拠を伴って「ひと段落は誤り」と主張するためには、一段落の「一」の読み方が「いち」に限られることを立証する必要があります。必要があるはずなんですが、私の知る限りまだ誰も論証できていません。それどころか、大半の人がそこを立証しなきゃならないことに気づいているのかすらはなはだ怪しく、「いちだんらくが正解」だけで悦に入っているありさまです。
くり返しになりますが、
一段落は「いちだんらく」である
から、なぜ
一段落は「ひとだんらく」ではない
が言えるんですか?という話です。
私もいろいろ試みてはみたのですが、立証はたぶん、無理だと思います。なぜなら「ひと段落」のどこからも、破綻は生じなかったから。
長くなりますので詳しくはまた別の機会に。
コメント
一が「ひと」と読めるから一段落は「ひとだんらく」でもいいってのは乱暴な気がします。
逆に「いち安心」「いち区切り」「いち苦労」「いち手間」でもいいってなりません?
かく言う私は、「河川敷」=「かせんじき」のほうがしっくりくる派なんですが^^;