こんにちは。誰も喜ばない地味なダーティーワーク、事実確認です。
ブルゾンちえみさんの出世ネタ「キャリアウーマン」みたいに言ってみました。
Dirty Work Blouson Chiemi Remix(2017)
ネット世間の一部で盛り上がっている話題の、さらにまったく本筋でないごく些細な部分をつい不審に感じて、うっかり事実関係を調べてしまいました。
おかげさまで、細胞レベルで(ウソ)パターン見えてきたよ。
ダーティ・ワーク(2015)
オースティン・マホーン
¥250
この記事で言いたいこと
ドヤ顔、したり顔、まあ何顔でもいいんですが、
「ブラジルは国籍の離脱を認めていない」
みたいなふうに語っている人がいたら、にやにやと半笑いで見守ってあげてください。
でたらめです。
簡単に言えば、デマです。
あなたのブラジル国籍、離脱できます。もしお持ちでお望みなら。
※写真と本文は関係ありません
事実(その1)
ブラジルの憲法第12条第4項に、国籍離脱の要件が定められていました。
出典情報(その1)
ほら。※下線は引用者。以下同じ
§ 4º – Será declarada a perda da nacionalidade do brasileiro que:
I – tiver cancelada sua naturalização, por sentença judicial, em virtude de atividade nociva ao interesse nacional;
出典:CONSTITUIÇÃO DA REPÚBLICA FEDERATIVA DO BRASIL DE 1988|www.planalto.gov.br
【拙訳】
第4項 – 次のような場合、ブラジル国籍を失う:
I – 国益を害する行為のため、ブラジル国籍への帰化の取り消しを裁判で宣告された。
II – 外国籍を取得した。ただし以下の場合を除く。
(後略)
省略した例外条件と一緒に、後ほどもう少し詳しく述べます。
事実(その2)
ブラジル国籍の離脱は「できない」んじゃない。ちょいと「ややこしくて面倒くさい」だけ。
出典情報(2)
ブラジル外務省のサイトに、「ブラジル国籍の抜け方」が解説してありました。
ほら。(画像は一部)
Perda da nacionalidade|itamaraty.gov.br
そこから、ポイントだけ引用します。
要は、
Assim sendo, somente será instaurado processo de perda de nacionalidade quando o cidadão manifestar expressamente, por escrito, sua vontade de perder a nacionalidade brasileira.
【拙訳】
よって、[補注:1994年6月の憲法改正により]ブラジル国籍の離脱手続きは、当該国民が離脱の意思を、書面によって、明示的に表示した場合に限って実施されることになる。
という話です。
傍証
具体的な時期は不明ながらも、「チリ在住」と称する方のこんなツイートもありました。
知人の日系人が、ブラジル国籍維持してることに気付かず(ずっと別の国に居たのですっかり忘れてた)いつの間にかブラジル本国から「兵役忌避&兵役逃れ」の疑いでとてもとても面倒臭い国籍放棄の手続きに時間奪われる事態に陥ってたな。
今は兵役義務が緩くなってるから問題にはならんだろうけど。 https://t.co/NmoGbjHBjM— ラウタ郎 (@lautarogodoy) 2017年7月14日
この証言どおりなら、知人の日系人の方は「とてもとても面倒臭い」手続きによって、ブラジル国籍を放棄できています。そう読めます。
なぜ間違えているのか?
先走って、
なぜ「ブラジル国籍は離脱できない」と間違えているのか?
についても少し。
ブラジル憲法の第5条、リストの51番目にある
LI – nenhum brasileiro será extraditado, (後略)
出典:CONSTITUIÇÃO DA REPÚBLICA FEDERATIVA DO BRASIL DE 1988|www.planalto.gov.br
恐らくはこのテの文脈の「extraditado」、英訳すると「extradite(d)」「extradition」がらみの記述を、誰かさんがうっかり「国籍離脱」と読み違えたのが発端で、それが検証されないまま流通している。
というのがだいたいの真相と考えます。そうとらえれば、当方で把握したすべての事態について、いちおうの説明がつきますので。
あくまで1つの可能性としてしか示せていないのは、すみません。ごめんなさい。
なお当記事では、ブラジル国籍の離脱(ないしは喪失)の手続きが実務上どの程度煩雑なのかについては、立ち入りません。当記事の「離脱できる」という主張に異議のある方がいらっしゃいましたら、調べてみてください。
この記事の進めかた
キャリアでもウーマンでもない私ですが、以後いろいろ捗りそうなので、ブルゾンちえみさんの「キャリアウーマン」ネタのフォーマットに乗っかって進めます。
こちらも適宜BGMその他にご活用ください。
YouTube: Austin Mahone – Dirty Work (Audio)|(2015/07/02付)
マネない。パクるの。
以下、ほぼダーティーワーク3回分の分量となっております。
要約:Executive Summary
どうも。効率的な仕事ぶり、充実した私生活、キャリアウーマンです。
ひとり身でうっかり者のみんな、ついうっかり「ブラジル国籍は離脱できない」なんて、思ってない?
じゃあ、質問です。
みなさんは一度でも、ブラジルの憲法になんて書いてあるか、読んでみましたか?
鵜呑みしない。読むの。
この世はうかつでテキトーでいいかげんな人だらけ。だからうかつでテキトーでいいかげんな人たちから発せられて飛び交う情報も当然、うかつでテキトーでいいかげんになりがち。
読んでごらん。
答えは第12条第4項に書いてあるわ。
キャリア、ウーマン。
飛び交う「怪情報ツイート」たち
民進党の蓮舫議員の国籍のことで、Twitter世間の一部を中心に今なお盛り上がっているようです。
本流の話題はさておいて、「傍流」ながら、国籍離脱に関して奇妙な情報が散見されました。
自国籍の離脱(または喪失)を認めない国の例として、ブラジルの名前が何度も浮上してくるのです。
以下、目についたツイートを並べておきます。こんな具合です。
ちなみに国籍法14条と16条の差について。
日本は二重国籍を禁止しているのに、なぜ「日本国籍の選択」は義務で「外国籍離脱」が努力義務にとどまるのか。それは、国籍離脱を認めない国があり(ブラジル等)外国籍離脱が法的に叶わない場合があるから。「日本国籍選択」は役所ですぐできます。— 小野田紀美【参議院議員】 (@onoda_kimi) 2017年7月14日
ホニャララ国こと「ブラジル」では、法律で自国民の国籍離脱が認められないのだ。仮によその国で国籍を取ろうものなら、その瞬間に君は死ぬまで二重国籍者。だから子供の時から両親に祖父母の言葉を駆使する「トリリンガル・ベビー」さえ当たり前の世界なのだ。 https://t.co/WVVCobc2vr
— くるーがーに狂い咲き (@ofJQkQTY4CyZHxl) 2017年7月13日
・帰化人は絶対に総理や閣僚になってはいけないのか
なってもいいと思う。要は日本社会への思いの真剣度。生まれながらに日本人でも最低の反日はいる。
・二重国籍だと絶対に総理や閣僚になってはいけないのか
仕方のない場合もある。ブラジルと台湾がそうだ。本人が国籍離脱を希望しても法的に無理— 須賀原洋行 (@tebasakitoriri) 2017年7月12日
国籍法は国内法同士の対立であり、調整できるような事でもない。強いて言えば二重国籍を容認しない日本の国内法に問題がある。(例えばブラジル、アルゼンチンは外国籍をとっても国籍を抜く事が出来ないし) #ss954
— M.S+. (@mdsch23) 2017年7月13日
日本国籍を取得した際に、国籍喪失の努力義務は課されますが、他国の国籍については日本から能動的に変更できるものではないので、自動的に喪失するわけではありません。
ブラジルなどそもそも国籍喪失を認めない国や北朝鮮、台湾など国として認めていない国もあるからです https://t.co/lhp0eKJZeE— エリントン@読む国会 (@yomu_kokkai) 2017年7月13日
しかしながら、国籍法16条は「努力義務」とされているが、ブラジルなど国籍離脱ができない外国を想定しているためで、台湾のように離脱できる国については遵守すべき義務と解される。昨年9月15日に法務省が示した見解によれば、蓮舫は国籍法14条及び16条の両方に違反している可能性が高い。
— perfumekawaee (@perfumekawaee) 2017年7月15日
「?」サイン点灯
でもちょっと待って。「?」サイン点灯です。
一度取得したが最後、その国籍をどうやっても失うことができないなんて、まるでセゾンカードの永久不滅ポイントじゃない? どういう設計思想に基づけばそんなルールが定まるのか、ちっとも想像が及びません。
全然わからないので、ブラジルの憲法を読んでみることにしました。それが効率的な仕事ぶりというもの。
キャリア、ウーマン。
ブラジル憲法第12条第4項に書いてあること
結論は先ほど書いたとおり。
「ブラジル国籍の離脱は認められていない」という話、でたらめです。簡単に言えばデマ。フェイク。
この結論について、私の確信度は99%です。
ブラジルの憲法12条4項を読んでみたけど、キャリアウーマン(二重にウソ。以下略)の私には、一定の要件と手続きによって、ブラジル国籍を「離脱できる」ようにしか読めません。どう読めば「国籍離脱を認めない」という話になるのでしょうか。教えて!
例外規定含め、再確認
くり返しますが、ブラジル国籍の件、同国の憲法に照らし合わせると、キャリアウーマンの私には「離脱できる」ようにしか読めませんでした。
ということで、後半の例外規定含めて、今度は英訳版から引いてみます。さっきイキって原語を引用して、読むのに疲れ果ててしまったのは内緒。
Paragraph 4. Loss of nationality shall be declared for a Brazilian who:
I – (略)
II – acquires another nationality, save in the cases:
a) of recognition of the original nationality by the foreign law;
b) of imposition of naturalization, under the foreign rules, to the Brazilian resident in a foreign State, as a condition for permanence in its territory, or for the exercise of civil rights.
出典:[PDF] CONSTITUTION OF THE FEDERATIVE REPUBLIC OF BRASIL 3nd Edition(2010)|english.tse.jus.br
「3nd」表記も謎だし、英訳文の品質は保証しないけど、いちおうブラジル下院デジタルライブラリのクレジットが付いたドキュメントなので、それなりに信頼置いていいと思ってます。
で、日本語の拙訳がこうです。
【拙訳】
第4項. 次のブラジル国民は、国籍の喪失を宣言されたものとする。
I -(略)
II – 外国籍を取得した者。
憲法の規定上は、後述の例外を除き、外国籍を取得したらブラジル国籍を失うようにしか読めません。
そいでもって、例外の規定がこうなっています。
【拙訳】
ただし次の者を除く。
a) 外国法により、元の国籍を認定された者
→つまり、相手国の法令が「二重国籍OK」なら離脱しなくていいし、
b) ブラジル国外の法令に基づき、永住または公民権行使の条件として帰化が課される、国外居住のブラジル国民
→必ずしも本人の意思に基づかない(外国籍への)帰化の場合もまた、元のブラジル国籍は失われない。
と解釈したんだけど、違う?違わない? どう?
キャリア、ウーマン。
【2017/07/17 訂正】
civil rights(葡 direitos civis)の訳語を「市民権」から「公民権」に訂正しました。訳文は訂正済みです。
参考:国籍、市民権、永住権 — 揺らぐ国籍|朝日新聞GLOBE(2014/07/06付)
正直、あまり違いがわかってませんでした。
ブラジル国籍「離脱不可」なら矛盾する、日本国領事館の回答
それでもまだ「ブラジルは国籍の離脱を認めていない」の?
じゃあ、質問です。
20. 日本とブラジルの二重国籍者です。いずれか一つの国籍を選択する方法は?
あ、答えなくていい。ごめんね。
在サンパウロ日本国総領事館から、回答あります。
日本国籍を選択する場合とブラジル国籍を選択する場合とがあり、次の方法が考えられます。
(後略)
出典:領事情報 各種届け 答え11-20|在サンパウロ日本国総領事館
でもこれ以上読まなくていい。考えるの。
だって考えてごらんなさい。
もし本当にブラジル国籍が「離脱できない」んなら、単一国籍にしたい日伯二重国籍者への回答は「日本国籍のみの選択は不可能です。できません」ってなるはずよね。
ここ大事だから同じ話くり返します。もし、いかなる手段をもってしてもブラジル国籍から「離脱できない」のであれば、総領事館の回答も、「日本国籍1つだけを選択する方法はありません。無理」となるのが筋というものです。
けれども実際には、「日本国籍1つを選択する」方法も説明がなされています。おかしいですね。
以上からキャリアウーマンの私が導いた結論は、
「離脱できない」は間違い。「離脱できる」が正しい。
でした。
ここまで得られた情報を組み合わせても、それ以外の結論は出ない。
キャリア、ウーマン。
発生源はどこ?
「ブラジル国籍は離脱できない」という、ただちに影響はないにしても、本邦に微量に漏れ続けているフェイクな流言。怪情報。
じゃあ発生源は何なんだ?
結論を先に書きます。
どうやら「元ブラジル人」日本代表のこの方のようです。
Ruy Ramos(2010) from commons.wikimedia.org
そう、ラモス瑠偉さんです。
より正確に書いておくと、怪情報の発生源は、ネット上のラモス瑠偉さんに関する記述まわりである疑いが濃厚です。手持ちの怪ガー情報カウンターが、もっとも高い線量値をたたき出しました。
(7/16追記)「発生源」という表現について【補足】
Twitterでこのようなコメントをいただきました。
なるほどと思ったが、本筋の国籍離脱の件はそうなんだろうけど、これネットのデマと結論づけているところはどうかな。というのも俺自身のソースがネットではないので ・・微量レベルで漏れ続ける「ブラジル国籍は離脱できない」というデマについて https://t.co/YRlWtEVl5u
— 清義明 (@masterlow) 2017年7月16日
わかりにくくてすみません。
前述の「発生源」は、「今なお“微量レベルで漏れ続けている”源」という趣旨で使っております。
遅くとも2011年末の段階でネットに現れたこの怪情報が、いったいどこからやって来たのか?までは、あいにく突き止められていません。この点、後半で言及しております。
以上、補足説明でした。
発生源特定までの道のり(1)
特定に至るまでにたどった道すじを書きます。ただし説明の便宜のため、サーベイデータの一部を実際の実施順序から入れ替えています。
ソース付きツイート→Yahoo!知恵袋
キャリアウーマンの私の目に留まったなかで1つだけ、典拠らしき情報がついたツイートがありました。
これも蓮舫さんが最初にバッシングされた時点でさんざん既出になった話ですが、ブラジルは国籍の離脱を認めていないのでブラジルから帰化すると否応なくブラジル国籍が残ってしまう人がたくさんいる。その人たちにもこういったバッシングを向けるのかとhttps://t.co/DjYLBCiFpx
— cdb (@C4Dbeginner) 2017年7月12日
Q&Aの検証
当該の、ブラジルの二重国籍について、|Yahoo!知恵袋(2013/02/13付)からです。
ブラジルの二重国籍について、よく憲法で国籍離脱を認めていないという記載を見かけますが、本当でしょうか。
という質問に、次のような回答がついていました。
ブラジル国籍法には国による国籍喪失はあっても、国民自ら国籍離脱する方法がないのです。
既に見たとおり、これウソです。この回答はでたらめです。方法はあります。
ブラジル国民が自ら国籍離脱する方法は、先ほど
Perda da nacionalidade|itamaraty.gov.br
で見たとおりですね。キャプチャも再掲しておきます。
でもって、せっかく質問者の方が、
1988年憲法の12条では、「自らの意志の帰化により、他の国籍を取得した場合」には「ブラジル国籍の喪失が宣告される」というようなことが書いてあるようなのですが、どう考えたらよいでしょうか。
と、ブラジル憲法の条文を持ち出していいセンまで行っているのに、回答者が自信満々の文面ででたらめを答えて台無しにしている、バッドエンドのパターンです。Q&Aサイトによくある風景とはいえ、地獄や。
あと1点だけ補足。
1994年の憲法改正までは、条文はたしかに「自らの意志の帰化により(por naturalização voluntária)」という文言でした。質問者の方の情報参照元は不明ですが、いささか古い情報を参照されているようです。
自らの意志を条件に入れていることで不都合があったから、きっと改めたんでしょうね。知らないけど。
発生源特定までの道のり(2)
どうも。効率的な仕事ぶり、充実した私生活、キャリアウーマンです。
クミちゃん、ほら仕事仕事。
え? でもみんなが、ブラジルは国籍離脱を認めない国だって言ってるから、不安で仕事が手につかないって?
じゃあ、そんなクミちゃんに質問です。3連発しちゃいます。
質問(その1)
質問です。
「みんなそう言ってる」。それがいつも、即「正しい」理由になりますか?
クミちゃんにひとつ、思い出話いいかな?
中学校の理科の授業でのこと。小テストのあいだ、先生がよくこう言っていたの。
「答えが周りと一緒だからって安心しちゃダメだよ。みんな間違ってることもあるから」
その言葉、今もキャリアウーマンのこの胸に刻まれています。
ありがとう。岩本先生。
質問(その2)
じゃあ質問です。
ブラジル憲法の第5条、リストの51番目
LI – nenhum brasileiro será extraditado, (後略)
出典:CONSTITUIÇÃO DA REPÚBLICA FEDERATIVA DO BRASIL DE 1988|www.planalto.gov.br
この「extraditado」、英語の名詞にすると「extradition」。
これ、どういう意味ですか?
ファクト、チェック。
ちょっと先走りしすぎちゃった。つづきはまた後で。
質問(その3)
あともう1つ質問です。
日本国憲法は、前文のほか、補則も入れて全部で103条です。
じゃあ、ブラジルの憲法、全部で何条あるか、知ってる?
35億。あと5000万。
ウソ。
その2:Yahoo!知恵袋→Wikipediaの「黄金ルート」
そして特定への道すじは、こんな「黄金ルート」へとつながります。
知恵袋:ラモスは日本人?
ラモスは日本人?|Yahoo!知恵袋(2012/03/09付)
という、わずか8文字のどシンプルな質問がありました。で、付いていたベストアンサーがこちら。抜粋します。
珍しくネットで調べたら大発見!
「ブラジル政府は自国民の国籍放棄を一切認めておらず、日本国政府では二重国籍というのを認めていいないため、書類上ではブラジルと日本の正式な戸籍が現状では矛盾するながらも2つの国籍が存在する」
Yahoo!知恵袋の回答者が「ネットで調べた」と自称する回答って、十中八九Wikipediaのコピペですよね(キャリアウーマン調べ)。これぞ黄金則。
からのWiki
というわけで、Wikipedia日本語版「ラモス瑠偉」の「注4」に、ほぼ一致する文言がありました。案の定です。
ブラジル政府は自国民の国籍放棄を一切認めておらず、日本国政府は二重国籍を認めていないため、矛盾するが書類上ではブラジルと日本の正式な戸籍を保有している。
けれどもこの注釈、典拠の記載がどこにもありません。
これも半ば毎度おなじみのWikipedia名物、「要出典」「検証可能な出典が求められています」でございます。
そして毎度の「検証可能な出典」なし
ところでこの記述、いつ追加されたんでしょうか?
履歴を追ってみました。
「2011年12月30日 17:52」の版で初めて追加されていました。下は、差分表示のキャプチャです。
先ほどのYahoo!知恵袋の回答は、この版のテキストをまるまるコピペしたことがわかります。そしてまあやはりと言いますか、典拠は見あたりません。
さて、ラモス瑠偉さんの場合です。事実関係として「自発的な(日本への)帰化」だったはずですから、日本国籍を得たという1989年の時点であっても、既に法制度上ブラジル国籍の放棄手続きが実施できる状態であった可能性が極めて高いと結論できます。
詳しくはここまで検証したとおりです。
その3:公式サイトの記載
それではここで、みなさんに質問です。
「ラモス瑠偉 オフィシャルサイト」のプロフィールに、「国籍」なんて書いてあるか、知ってる?
♪~
日本
日本
国籍 日本(1989年11月帰化)
うーん。ということは、ラモスさん、もうブラジル国籍は持ってないのかな?……
というか、いうかねぇ……
いくらブラジル出身だからってねー……
ヘラヘラ書いてんじゃねーよそんなことをよー!!!
ワールドカップは戦争だよ!!!!
それは関係ないか。
キャリア、ウーマン。
「外国語テキストの誤読」仮説
というわけで、2011年末にWikipedia「ラモス瑠偉」の注釈に書き加えられた怪情報:
「ブラジル政府は自国民の国籍放棄を一切認めておらず」
これっていったい、誰が言い出したの?
残念ながらデマの出どころまでは突き止められていません。ただしその発生過程については、ひとつの仮説が得られました。
とどのつまり、この種の記述の誤読、読み間違いだと思うんですよね。
- Wikipedia:Brazilian nationality law
- www.state.gov:Digest of United States Practice in International Law 2001
要するに、
「extradite」「extradition」ってなんだ?
って話なんですが。
辞書引けばわかりますから。
だから、
怠けない。辞書引くの。
キャリア、ウーマン。
知ってる?「extradition」
もったいぶるのはこれぐらいにして、答えを書いてしまいます。
「extradite(d)」「extradition」って、「国家間での犯罪容疑者の身柄引き渡し」を意味する言葉でした。辞書引いて初めて知りました。
ちなみにOxfordの語釈はこうです。
extradite
VERB [WITH OBJECT]
Hand over (a person accused or convicted of a crime) to the jurisdiction of the foreign state in which the crime was committed.
【拙訳】
extradite
動詞 [目的語を付けて]
(告訴された、または有罪判決の出された人物を)その犯罪が行われた当該国の管轄地へ引き渡す
ブラジルの「extradition」
それぞれ抜粋して、日本語の拙訳と並べて書いてみますね。
However, in 2013 the Brazilian government revoked the nationality of a Brazilian citizen who had naturalized in the United States, to extradite her to that country (the Brazilian constitution does not allow extradition of its own citizens).
原文:Wikipedia「Brazilian nationality law」
【拙訳】
だが、2013年にブラジル政府は、自国から米国に帰化したある女性国民のブラジル国籍を剥奪し、犯罪容疑者として同国へ身柄を引き渡した(ブラジルの憲法は、自国民について他国への犯罪人引き渡しを認めていない)。
Brazil cooperates with the United States in the extradition of non-Brazilians. The Brazilian Constitution, however, prohibits the extradition of Brazilian nationals, although naturalized Brazilian citizens can be extradited for (後略)
原文:www.state.gov「Digest of United States Practice in International Law 2001」
【拙訳】
ブラジル国民でない者については、ブラジルは米国と犯罪人引き渡しの協力関係にある。しかしブラジルの憲法では、他国に帰化したブラジル国民に関して次のような例外はあるにせよ、ブラジル国籍保有者の他国への身柄引き渡しを禁じている。
おわかりいただけましたか?
そう。そうなんです。まさに国民の権利と義務を定めたブラジル憲法第5条の中の、ここの記述です。
LI – nenhum brasileiro será extraditado, salvo o(後略)
【拙訳】
51 – 次の場合を除き、(他国への)ブラジル国民の身柄引き渡しをしてはならない。
ところがこういう文脈を、うかつでテキトーでいいかげんなどこかの粗忽者が、どこかでうっかり早とちりして国籍の話に読み違えてしまったんじゃないかなって、そう推理しています。
なぜなら上で引いたような文脈なら、「ブラジル国民の身柄引き渡し」を「ブラジル国籍の離脱」と誤読しても、けっこう違和感なく読めてしまいますから。
わざと「国籍離脱」に誤読してみるテスト
試しに原文にある「extradition」を意図的に「国籍離脱」に誤読してみると、先ほどの2つの例文はこうなります。
念のため注意! 下線部分は、フェイクです。よってこの記述も、管見の及ぶ限り事実ではありません。
*だが2013年にブラジル政府は、ブラジルから米国に帰化したある女性国民の国籍を剥奪し、ブラジル国籍を喪失させた(fake!)。(なおブラジルの憲法は、自国民について国籍の離脱(fake!)を認めていない。)
*ブラジル国民でない者については、ブラジルは米国と国籍離脱(fake!)の協力関係にある。しかしブラジルの憲法では、他国に帰化したブラジル国民に関し次のような例外はあるにせよ、ブラジル国籍保有者の国籍離脱(fake!)を禁じている。
まあこんな具合ですよ。ね。デマの素材はできあがります。
それが流れ流れて、2011年末にWikipedia「ラモス瑠偉」の注釈に加わり、2017年の現在、いまだ微量レベルの怪情報漏れを起こしていると。発生過程を再現してみるなら、ざっとそんなところではないでしょうか。まあ、不確実な臆測ですが。
それが9時から5時じゃなく、日没から日の出までのダーティーワーク×2で導いた、私の結論。
キャリア、ウーマン。
まとめ
というわけでまとめます。
ダーティ・ワーク(2015)
オースティン・マホーン
¥250
再三のくり返しとなりますが、ポルトガル語の原文または英訳版でブラジルの憲法を読んでみると、「ブラジルでは、国籍の離脱は認められていない」は、間違いにしか思えません。
なぜならブラジル憲法には、ブラジル国籍の「renouncement」(離脱)要件が記されていたからです(第12条第4項)。
→ CONSTITUIÇÃO DA REPÚBLICA FEDERATIVA DO BRASIL DE 1988
また、ブラジル外務省のサイトには、自国籍離脱のための手続きについて案内もありました。
→ Perda da nacionalidade
よってキャリアウーマンの私が導き出した結論はこうです。
ブラジルの憲法が(一部の例外を除いて)認めていないのは、
- × ブラジル国籍の「renouncement」(離脱)ではなくて、(cf. 第12条第4項)
- ○ ブラジル国民の「extradition」(犯罪容疑者として他国への身柄引き渡し)なのであります。(cf. 第5条の51)
この2つ、同じじゃない。別なの。
細胞レベルで理解、してる?
キャリア、ウーマン。
献呈の辞、的な何か
どうも。効率的な仕事ぶり、充実した私生活。そして最後のひとネタもまた、キャリアウーマンです。
みんな細胞レベルで恋、してる?
え? 蓮舫議員の国籍の件が気になって、仕事も私生活もまるで集中できないって?
じゃあ質問です。
監督のあなたは、めった打ちに遭って炎上している失点続きのピッチャーに、そのままマウンドを任せますか?
♪~
任せない。替えるの。
キャリア、ウーマン。
替えてごらん。勝つ気なら。
ところで、「ピッチャー」って日本語で何て言うか知ってる?
♪~
党首。
ウソ。
投手。
ようこそファンクラブへ!(←ウーマン違い)
おわり
コメント
なかなか楽しい記事、感謝です。ラモスの場合、おっしゃる通りブラジル国籍の離脱は、「困難ですが」できるようです。というのは、ラモスは「自分の意志で」日本国籍を取得したから。
以下に在東京ブラジル領事館の案内がありますが、
http://morandonojapao.blogspot.com/2015/03/blog-post_24.html
“voluntaria”とありますね。ここが肝。逆に言うと、「出生による日本とブラジルの二重国籍者」は自分の意志で重国籍者となった訳ではないので、22歳までに日本の国籍を選択した場合、ブラジルの国籍を離脱することはできません。
なので、 http://www.j-kika.com/brazil-kika.html のように、「一旦日本国籍を離脱して、帰化してから」申請しないとならなかったんです。
結論としては、日本とブラジルの二重国籍者の大多数を占める「出生による二重国籍者」はやはりブラジルの国籍は離脱できません。ラモスの場合は特殊なケースです。
また、アルゼンチンはできないようですね。https://www.poc39.com/archives/5259
調べてみて、勉強になりました。ありがとうございました。
古い記事なのにコメントして申し訳ありません。
私はブラジルの弁護士です。ブラジルは確かに国籍の離脱を認めています。
しかし、いつでも離脱した国籍を取り戻すことを認めています。
したがって、いつでも取り戻せるのであれば、最終的には国籍の離脱はできないとも考えられると思います。
>最終的には国籍の離脱はできないとも考えられると思います。
この記事の論点は離脱が認められているかどうかでしょう。
出典情報(その1)はそもそも国籍離脱の条文ではなく、国籍剥奪の条文ではないのですか?
和訳として4項は「ブラジル国籍を失う」のではなく、「ブラジル国籍の喪失が宣告される」という意味なので、自発的なものではなく多発的なものです。
離脱と剥奪の違いは大きいですので、4項を国籍離脱の根拠として使用するのは無理があるような気がします。
> よって、[補注:1994年6月の憲法改正により]ブラジル国籍の離脱手続きは、当該国民が離脱の意思を、書面によって、明示的に表示した場合に限って実施されることになる。
この時点で読む気が失せたので以下読んでませんが、1989年に日本に帰化した人の話をしてるのに、なんで、その時点の憲法ではなく、その後改正された後の憲法を引用してるんでしょうね?
こういう、意図的にウソの結論を導く気マンマンの文章って、読んでて白けてしまいますよ