「感情移入」とは「がんばれ」だった話

こんにちは。

検討した結果、「感情移入」とは「がんばれ」と判明しましたので報告します。

ぼくは感情移入ができない

これみたいに言ってみました。

ぼくは感情移入ができません。感情移入のしかたがよくわからないのです。

要約:Executive Summary

  1. 感情移入のしかたがよくわからないので、嫁に聞いてみました。しようと思ってするものではないそうです。
  2. 「感情移入」を検索して、使う人によってその意味あいがばらばらだとわかりました。ばらばらすぎ。
  3. 感情移入と似た使い方もされる「共感」については、自分のなかでは体系化が進んでいます。詳細はまた別途。 
  4. (まとめ)それでも「感情移入」は「がんばれ」だと理解しました。

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※写真と本文は関係ありません

1.嫁に「感情移入」を尋ねるの巻

嫁を口説きたおして一緒に「シン・ゴジラ」を観に行ったときのことです。

上映中

「かわいそうだよ。ゴジラ歩いてるだけなのに」

とごちる嫁に、すげー視点だなと思いました。

上映後には、

「これはゴジラに感情移入する(ための)映画」

とも。

ここまでは、前に仮面夫婦のシン・ゴジラ「ふたり発声可能上映」、衝撃の結末(2016/10/20)にも書きました。

感情移入

「シン・ゴジラ」劇場公開中(2/10現在も数館で上映中ですが)、Twitterでかわされる話題のなかでもそこそこの頻出キーワードだったと記憶します。

でも正直言って、ぼくは感情移入をよくわかっていないのです。何事によらず、感情移入した覚えもありません。

嫁の「感情移入」

そこで後日、「ところで、感情移入ってどうやるの」と嫁に聞いてみました。

「痛かった」その瞬間は自分がいなくなり、ゴジラとして痛むのだそうです。

そうなのか。一瞬でもゴジラになっちゃうのか。

しかも自分の意志でやるものではなく、勝手にそうなってしまうらしい。

なるほどそれは感情移入と言えそう。けれどそういう感覚、経験したことないなあ。


ぼくもたとえば、医療ドキュメンタリー番組に登場する開腹手術や開頭手術のシーンが苦手です。ぞぞっとします。けれどもそれはあくまで自分、ぼく自身の感覚です。そこで手術を受けている人や動物になりはしません。

みんな、感情移入を嫁と同じ意味で使ってるのかなあ?

嫁のケースが「感情移入」の唯一の正解とも思えませんし、正解は1つでなくていいので、別解を探すことにしました。

2.「感情移入」ばらばらすぎ問題

「感情移入」をキーにネットを探すと、こんなページがありました。

どこかのBBSでくり広げられた質疑応答をまとめたコンテンツのようです。

わかったのは、人によって「感情移入」の意味がばらばらであることでした。ぼくの想像以上にばらばら。もはや意思の疎通に支障をきたすレベルでした。

リンク先を「読めばわかる」話ではありますが、長いので以下にポイントをピックアップします。

質問者

「感情移入できるキャラクター」はそんなに大事か?

というQ&A、まず質問者の側から。

「因幡の白兎」と名乗る方の質問文にある記述が「お前は俺か」ぐらいにぼくと共通していました。「それ一緒」な部分を引用します。

…兎は物語を読んでいて主人公になった覚えはまったく無く、

同じく。「まねる」ことはあっても「なった」覚えはないです。

毎回「あらら大変だな、この人たち」「すごい考え方だなぁ、こいつ」「がんばれ主人公!」
 みたいな感じで完全に外から楽しんでいる派で、キャラクター自身として考えたことは一度もありません。

同じです。感じるのは常に「自分」です。

あくまで自身はまったく関係ない野次馬の一人して見ているわけなのです。あくまで他人事。

これも一緒です。対象に関与しているとか、関与しようとかいう感覚はありません。

こちらは、登場人物に関して。

どんなにハッチャケタ考え方でもああこういう考えの人もいるんだなと思うぐらいです。

うん。

 というか皆そんな感じです。さらに言うと結局人って存在がそんなものでしょう? な感じです。

うん。人ってそんなものですよ。人それぞれ、いろいろですわね。

シン・ゴジラで「多種多様ですな 人の世は」と、松尾スズキさんが演じていたフリージャーナリストの早船が言ってたみたいな感じ。

回答者たち

この問いかけに何人もが返事しているんですが、論題以前に、「感情移入」の意味が思いっきりばらばらでした。

回答者たちの「感情移入」がわかる部分を順にピックアップします。続けて、感情移入ができないぼく自身の用語法を付け加えていきます。

その1

外から楽しめるのも、感情移入の一つじゃないでしょうか。

そうかな? 「移入」してないのに。

それは移入のない単なる「感情」です。

その2

 なりきりは『同化』という『究極の感情移入』であって、
 それ以外にも感情移入の度合いはいろいろある、と言うことです。

話として、こちら↑はわかる。でしょうね。

こっち↓は全然わからん。

感情の発生自体が既に感情移入である……。

 1ミクロンでも感情が発生したらそれが既に感情移入。

だったら「感情」でいい。移入いらない。

移入と聞けば【入り込むこと】なのですが…。嫌いという感情に入り込む。
 喉元に支えて上手く言い表わせないもどかしさが拭えないっ!(説得力皆無だな)

はい。皆無です。

白兎さんは、 
 私から見れば、十分感情移入していますよ。ということです。

ぼくから見れば、全然していません。

その3

腹が立つと言う事は、物語によって感情が動かされているので、
 負の意味で感情移入させられているのでしょうね。

それもただの「感情」、もしくは「感想」です。移入じゃない。


物語なり何かなりによって感情が動かされることが「感情移入」っていう定義は、奇妙です。

そもそも感情って、何らかの外部の刺激、またはその記憶を含めたフィードバック作用から生まれるものなんじゃないの?

その定義なら、「移入」ではないただの「感情」は、何のきっかけもなく勝手に生まれてくるってことになる。

なにそれこわい。

その4

感情移入というのはそんなに難しいものではなく、
 『ああ、そうなんだ』と思えてしまえはそれが感情移入です、という、ひどく簡単なことなんですよね。

難解です。全然わかりません。

他人事だと思いながら、わざわざその成り行きを見守ってしまうということ自体が、
 もう充分感情移入だったりするわけです。

それは「好奇心」なり「野次馬根性」なりに基づく行動です。

その5

「ガンバレ」というのは、感情移入だと思っていましたが、違うのでしょうか。

それは「肩入れ」「ひいき」って言うかなと思いつつも、それが感情移入だといわれれば、そうなのかもしれません。

「支持者として見守る」というのは、感情移入が生まれる類型の1つと言えそうです。

ぼくもスポーツの国際試合の中継は、どちらかと言えば日本代表チームや選手寄りの視点で見ていますし、勝てば「よかったね」、負ければ「残念だったね」とは思います。

ただ、思う程度は微々たるものです。「勝ってうれしい」「負けて悔しい」度合いは、チームや選手当事者の0.01%にも満たないと思います。

あたりまえですよね。基本は他人事だもん。

なので「応援」という行為も、いまひとつ意味がわかっていません。

その6

察するに、感情移入という言葉の意味を正しく理解していらっしゃらないのでしょう。
 大変だな、すごいな、がんばれ、と思っているというのは、もう感情移入です。

「感情」「感想」です。移入ではない。

ただし最後の「がんばれ」は、支持し肩入れしている点で「移入」要素があると言えばありそうです。

 少なくとも、「こんなの、所詮紙の上の出来事ジャン……」
 とは思っていらっしゃらないということですから。

「紙の上の出来事」に対して何か感情や感想を持てば、それが感情移入になるわけか。

難解だ。

再び質問者

ページ後半で、「因幡の白兎」と称する質問者さんが再び現れ、ひとつひとつに丁寧に返信されていました。

皆さんの意見を呼んでいて痛烈にわかって来たことは、
 兎が感情移入や共感を真に理解できていないことですね〔泣笑〕
 外から楽しむことも立派な感情移入ですか……

とか

感情移入という重苦しい言葉を捨て感想と言う身近な言葉に置き換える、
 これまたとても励みになるお言葉です。

とか。

ぼくは全然納得できなかったけれど、人によって「感情移入」のとらえ方、使い方がまるでばらばらだということだけは、よくわかりました。

回答者はまだ続いて現れてきていたので、最後1つだけ抜粋します。

その7

感情移入……単純に考えれば、「その人物の気持ちになって考える」ことだと思います。

それはぼくが「入る共感」と呼んでいるやつです。

ようは、「物事に対して思いを持つ」ことが感情移入なんじゃないかと私は思っております。

それは「感想」です。

3.共感とは?

一方、感情移入としばしば「似たもの」にとらえられている「共感」については、ぼくとしては相当程度まで体系化できてきています。簡単に触れておきます。

大別すると、共感には2種類あります。

  1. 響く共感
  2. 入る共感

この2つです。

前項で見たBBSのQ&Aの例で言うと、質問者の方が「入る共感」の能力が飛び抜けて高かったです。最も思慮深く、突出して回答者の方々に気を遣い、配慮が届いていました。

回答者の大半は、まじめに答えてはいるものの、質問者に全然共感できていません。その思考や情動をまるで再現できていないからです。そう思えます。

詳しくはまたどこかで。

まとめ

感情移入のできないぼくが、感情移入を知りたくて用例を見てきました。

とあるページで見た「感情移入」の意味は、互いの意思の疎通に支障をきたすレベルでばらばらでした。一般の人は大して考えないで「感情移入」を使っている可能性があります。こと感情移入に限らないのかな?

そんななかで、「がんばれと感じること」だけは辛うじて感情移入として了解できました。

「感情移入」=「がんばれ」と理解しておきます。

おわり

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