こんにちは。出典マニアの調査報告です。用件はタイトルのとおりです。
ウソ・大げさ・紛らわしい。まるでJARO(日本広告審査機構)に知らせたいような案件でした。
「Black Tidings」はヒンディー語でうんぬんかんぬんといった話、それウソ。ぜんぶデタラメですから。まるごと間違ってます。
このたび、ヒマな出典マニアがひとりJARO気取りで審査し、誤りの発生過程をだいたい再現できましたので、ひとまず重要なポイントだけをストレートに書きます。(ネタ記事に昇華させようとして行き詰まったのは内緒)
謝辞
調査にあたっては、ツイートほか数多くのネット情報がヒントになりました。個別の紹介は割愛しますが、「提供者」各位にお礼申し上げます。出典マニアなのにすまん。
グーグル先生の見解
なお「"black tidings" hindi」に対するGoogle先生の回答はこちらです。
काले ख़बर
kaale khabar
音声も聞けました(PC環境で実施)。
分解して確認すると、
- काले=black
- ख़बर=tidings(news)
ということのようです。
私は(信用ならん人間どもより)こちらの見解を信頼し支持します。
要約:Executive Summary
目下、東京五輪招致をめぐる「裏金」疑惑の焦点となっている「シンガポールゲート」の口座名義「Black Tidings」。これに関して、
- 「Black Tidings」は、ヒンディー語で「黒いカネを洗浄する」や「裏マーケティング」 といった意味になる。
そんな話が出回っています。
断言します。大間違いです。
そもそもが、脚注に載せたWADA独立委員会「調査報告書」の勘違いです。誰が調べて書いたかは知りませんが、リファレンス(参照した情報)を読み違えています。
要するに、最初から「ちょいとシックなとぼけた小ボケ」だったのです。
よって本件は、報告書に仕込まれた小ボケに誰もツッコんでこなかったという意味で、深刻な「風説の流布」事案であります。
早わかりQ&A:「ヒンディー語で…」説のデタラメ
Q&A形式にまとめました。こんなところです。
- Q1:「黒いカネを洗浄」うんぬんの出典は?
A1:とある「英語⇔ヒンディー語のオンライン辞書」に載っている用例だよ - Q2:「Black Tidings」をヒンディー語にすると「黒いカネを洗浄」という意味になるの?
A2:ならないよ - Q3:じゃあ「黒いカネを洗浄」ってなに?
A3:ただの「blackを使った英語の慣用表現」の一例だよ。tidings関係ないし - Q4:インドと何の関係があるの?
A4:ないよたぶん。インドのサイトに載ってたってだけで - Q5:どうしてこうなった?
A5:Webページ内のタブを見間違えたんじゃないの? 字が読めなかったから
発生過程の再現(出典調査の経過)
出典をさかのぼり、かかる「珍説」の発生過程を再現させてみました。
それなりの御仁がその典拠としている、WADA独立委員会報告書「#2」の脚注34
34 Black Tidings in Hindi means Black Marketing or to Launder Black Money.
【拙訳】
「Black Tidings」をヒンディー語にすると「黒いマーケティング」や「黒い資金を洗浄する」という意味になる。
出典:[PDF] INDEPENDENT COMMISSION REPORT #2 p.28|wada-ama.org(最終更新:2016/01/27付)
に至るプロセスは略して、いきなりこの報告書の「向こう側」からはじめます。
Q1:この出典は?
英語⇔ヒンディー語のオンライン辞書に載っていた「BLACK TIDINGSの用例」です。
Google「先生」に「"black tidings" meanings(意味)」と尋ねると結果の1ページ目に出てきました。
こちらです。
出典:Sentence of BLACK TIDINGS|English Hindi Dictionary|raftaar.in
「役者」が揃っていますね。
URLのドメインが「in」で、かつ、サイト内のコンテンツが基本的にヒンディー語で書かれていましたので、インドのヒンディー語ネイティブ向けのサイトかと思われます。
今回再現はできませんでしたが、2015年12月以前、すなわち、IAAFの不正をめぐってWADAのIC(Independent Commission, 独立委員会)が調査し報告書を作成していたであろう時期ならば、単に「black tidings」を検索しても上位に表示されたかもしれません。
テキスト&日本語訳(基礎資料として)
テキストでも引用しておきます。
BLACK TIDINGS Sentence, Example and Usage
BLACK TIDINGS usage in Proverbs/Idioms
- Black marketing
- To launder black money
- To beat black and blue
- Pot calling the kettle black
- To paint black as white
日本語に訳すと、こんなところでしょうか。
BLACK TIDINGSを使った文例・用例・用法
格言・慣用句での「BLACK TIDINGS」の使いかた
- Black marketing
→ 黒い(裏)マーケティング - To launder black money
→ 黒い(闇)資金を洗浄する - To beat black and blue
→ 殴って青黒くする → あざができるほど殴打する → めった打ち(フルボッコ)にする - Pot calling the kettle black
→ やかんを黒いと呼ぶ鍋 → 目くそ鼻くそ → お前が言うなのブーメラン - To paint black as white
→ 白と称して黒く塗る
<参考>
- 英辞郎 on the web:beat black and blue
- Wikipedia: The pot calling kettle black
Q2:「Black Tidings」のヒンディー語って「黒いカネを洗浄」という意味になるの?
なりません。
理由
そもそものソースに書かれているのは「ヒンディー語の意味」ではなくて、「英語の使い方の例」だからです。
仮にですが、もしも上の
- 1. 裏マーケティング
- 2. 黒いカネを洗浄する
が、Black Tidingsの「ヒンディー語の意味」に相当するのならば、同等の資格で
- 3. フルボッコ
- 4. お前が言うなブーメラン
- 5. 白と称して黒塗り
もまた、Black Tidingsの「ヒンディー語の意味」にならなきゃいけませんね。しかし、そうするのは不当です。はい。なりません。
ですから、「闇マーケティング」「黒いカネを洗浄」もまた同じく、これを「ヒンディー語の意味」と解釈するのは間違っているということです。
「インスタンス」ならありだが
ただし1.~5. をいずれも「黒いニュース」の事例と解釈するのは、特段差し支えないかとは思います。
すなわち、オブジェクト指向の言葉でいうところの「クラス(属性)」と「インスタンス(事例・実体)」の関係です。
※付言しておくと、参照したオンライン辞書の「慣用表現の紹介」という趣旨からは逸脱しています。
補足:「Black Tidings」と「黒いカネを洗浄」の論理関係
面倒なので日本語で述べます。こういう論理関係です。
- 「黒いカネを洗浄」は「黒いニュース」です。
- しかし「黒いニュース」が即「黒いカネを洗浄」とはなりません。
- 「黒いニュース」ならほかにもいっぱいあります。
黒いニュースは、英語でもヒンディー語でも「黒いニュース」です。そして日本語でもまた然りです。
でもまあ、「黒いニュース」クラスのインスタンス(事例)には、挙がっていたような
- 裏マーケティング
- 闇資金のロンダリング
- フルボッコ
- お前が言うなブーメラン
- 白と称して黒塗り
が含まれる。とは解釈できます。
「英語が通じる国」と「シンガポール」に置き換えても同じ
言葉を置き換えて説明します。論理関係は同じです。
- 「シンガポール」は「英語が通じる国」です。
- しかし「英語が通じる国」が即「シンガポール」とはなりません。
- 「英語が通じる国」ならほかにもいっぱいあります。
「英語が通じる国」クラスのインスタンス(実事例)を挙げてみるならば、
- シンガポール
- 英国
- アメリカ合衆国
- カナダ
- オーストラリア
- etc.
です。もちろんこのほかにもあります。
中間まとめ
そもそも、出典に出ていた5つのフレーズはすべて「英語の使い方の例」であって、「ヒンディー語での意味」なんぞではありません。
補足:オブジェクト指向的な「クラス」「インスタンス」
- 「黒いニュース」と「黒いカネを洗浄」の両者は、オブジェクト指向でいう「クラス」と「インスタンス」の関係と解せます。
- 「黒いマーケティング」「黒いカネを洗浄」の2つとも、そのインスタンスとはなっても、それをクラス「黒いニュース」そのものとするには不十分かつ不適切です。
なまじ「闇資金の洗浄」は「黒いニュース」、という方向でなら整合が取れるため、混乱が起こっているようです。
Q3:じゃあ「黒いカネを洗浄」ってなに?
前項で述べたとおり、ただの「blackを使った英語の慣用表現の一例」です。
以下に、その証拠を示します。
出典マニアの疑問:「Tidings」はどこへ?
ここでひとつ、疑問が起こりました。
- 「Tidings」はどこへいった?
です。
項目の趣旨からすれば、「英語の『Black Tidings』の使い方の例」でないといけないのに、載っている例文はどれも単に「慣用表現でのblackの使われ方」の説明でした。文中に一度たりともtidingsが出てきません。
おい、tidingsはどうした?
ん? ひょっとしてこのくだり、blackの「使い回し」じゃねえのか?
そう思って、このオンライン辞書で「black」を引いたらどうなるか、やってみました。
同じ文言が出てきました。
案の定です。
出典:Sentence of BLACK|English Hindi Dictionary|raftaar.in
あと「black」は基本的な英単語だからでしょう、その前後にもいろいろ書かれているのがわかります。詳細はリンク先をご確認ください。
謎は解けた
コンテンツとしては「black」に載っている方が、調和が取れています。
なるほど。これで謎は解けました。
同じ話になってしまいますが、
「黒いカネを洗浄」「黒いマーケティング」うんぬんってそれ、要するに英語の世界で
「BLACK usage in Proverbs/Idioms」
= 格言/慣用句・イディオムにみる「black」の使い方
その例示にすぎませんから。残念!
このオンライン辞書が、どういうシステム・アルゴリズムでコンテンツを作っているかは詳らかでありません。
ただひとつ言えるのは、あいにくと「Black Tidingsを使った英語の慣用表現」のコンテンツを持ち合わせていなかったため、(次善の策として?)「Blackを使った英語の慣用表現」を表示させていたという事実です。「何も出さないよりは」という設計思想でそうしているのかもしれません。
そこに、報告書作成に携わったWADA独立委員会スタッフの誰かが、うっかりやられちゃったわけです。
だいたいそういう顛末です。
Q4:インドと何の関係があるの?
ですから、何の関係もないですね。インドのサイトに「blackを使った英語の慣用表現」が載ってたってだけで。
そもそもヒンディー語を解する人であれば、こういう間違いはしないように思います。そんな意味ないし。知らないけど。
Q5:どうしてこうなった?
推測となりますが、当該のページを見つけたIC(WADA独立委員会)スタッフの誰かさんが、「自分がどのタブを見ているか」を間違えたのでしょう。きっと。
画面GUIを認識できず、加えてタブの字も読めなかったんじゃないのかなあ。
【解説】どうしてこうなった?
問題の「Sentence of BLACK TIDINGS」のスクリーンショットを再掲します。
赤字の見出し項目「BLACK TIDINGS Sentence, …」の上に、
- 「हिंदी मे अर्थ」(グレー背景)
- 「उदाहरण और उपयोग」(白背景+太字)
と書かれたタブが2つ、左右に並んでいるのがわかりますでしょうか。
1.GUIの誤認―「左側」と思い込んでいた?
このページ、いま右側のタブ項目が表示されています。Webデザインとしては、左側をグレーアウトすることで、それを表現しています。
けれども誰かさんは、これを「左側のタブにいる」って思い込んでいたんじゃないでしょうかね。というのも、検索からいきなりこのページにやって来たためです。
「タブ数=2」も一因か
あと、ここのタブの数が2つだったのも勘違いを生んだ一因かと思います。
これが「black」だったらタブが4つ並んでいて、表示が「1対3の構図」(←平野敬子ブログ 032のパクリ)になっているので、自分がどのタブにいるかは間違えにくいです。
Meaning of BLACK in Hindi|raftaar.in
2.そもそも読めないし
ところでこの「हिंदी मे अर्थ」「उदाहरण और उपयोग」の字、私は読めません。恐らくは当記事読者の皆さんも、大半が読めないかと思いますが、いかがでしょうか。
そしてまた誰かさんも、読めなかったのでしょう。
だから、左側のタブ名称「हिंदी मे अर्थ」の表示部分にマウスを合わせると出てくる、「英語でのタブの説明」:
「Meaning in Hindi」
に飛びついてうっかり早合点した。そんなところじゃないでしょうか。
それ、となりのタブなんだけどね。
実際、左側のタブをクリックすれば、ちゃんと「Meaning in Hindi」が出てきます。
meaning of BLACK TIDINGS in Hindi|raftaar.in
हताशाजनक समाचार(Hatashajanak Samachar)だそうです。
いずれにしても、ヒトの認知能力が総じて低いゆえに起こった悲喜劇です。
出典マニアとしてはついつい「それぐらい確認しなさいよ」と言ってしまいたくなるところですが、認知能力の低い人間相手には酷かもしれません。
ちなみに右側タブの名称にマウスを重ねると出てくる説明は「Examples and Usage」です。確認は各自でどうぞ。
ヒンディー語での「Black Tidings」(shabdkosh.raftaar.in 版)を確認する
くり返しますと、当該のオンライン辞書(shabdkosh.raftaar.in)によれば、हताशाजनक समाचार(Hatashajanak Samachar)だそうです。
確認のため、この「हताशाजनक समाचार」をGoogle翻訳を使って英訳させてみると、「Desperate news」となりました。
おおむね妥当な訳かなと思います。知らないけど。
ちなみにdesperateは、「デスパレートな」海外ドラマファンなら周知のとおり、ひとくちに日本語へ置き換えるのが大変難しい英単語です。英和辞典には「絶望的な」「必死の」「~したくてたまらない」といった語釈が並んでいます。
de(否定)+sperate(希望)というのがこの単語の持つ概念です(ジーニアス英和辞典による)。
メモ:「デーヴァナーガリー文字」です。
あと、この文字って「デーヴァナーガリー देवनागरी」っていう名前なんですね。
皆さんもよかったらこの機会に覚えてあげてください。
以上、発生過程の再現を兼ねた調査報告としてはそんなところです。
煽り気味のまとめ
この調査でわかったことは次の2点です。
- 「用例・用法」を「意味」と誤認したまま脚注に書き、
- それを誰もつっこまなかった。
ことほどさように、人間とはうかつでテキトーでいいかげんな存在なのであります。
さりながら、ヒマな出典マニア、もしくは「ひとり電通広告審査機構」に言わせれば、面白おかしく誤読したICにはじまって、報告を受けたWADAはもちろん、おもしろ小ネタに食いついた各国のメディアからネット民まで、誰もかれもみんなダサすぎです。
ダセーんだよお前ら。
まさに
ダセー毎日が ダサく盛り上がる~
ダセー(1999)
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そのまんまだな。
ダセー風説で盛り上がっていたお前ら全員、グーグルの人工知能に置き換えられてしまえ。
おわり
コメント
詳しい解説読ませてもらいました!
やっぱりヒンディー語じゃなかったんですね。
とは言ってもTideという洗剤があるらしく
Black Tidingsはやっぱり怪しさいっぱいです(笑)