鑑識課の米沢です。ウソです。
あらためましてこんにちは。出典マニアの調査報告です。
例のクジラ「征服」写真について、とにかく気になる出典マニアが鑑定しました。
- 誰?
- どこ?
- いつ?
安心してください。全部わかりましたよ。
もしも「なんの話?」という諸姉諸兄がいらっしゃいましたら、事案の概要と論点とを整理してありますので先にこちらへどうぞ。
- 「なんでやねんねん」死んだクジラ「征服」写真の件(2016/03/18)
鑑定結果
次の写真について調べてまいりました。
※朝日新聞デジタル「クジラ死骸上でガッツポーズ 写真コン最優秀作品に批判」(2016/03/15付)の転載写真を再転載
一問一答のQ&A形式で報告します。
Q1-1:写っているのは誰?
ザトウクジラです。
記録された状況(詳細は後述)に基づけば
- 体長およそ7.4m
- メス
- 乳離れしたかしないかの0~1歳と推定
となります。
命名「オホちゃん」
当記事では、このザトウクジラを勝手に「オホちゃん」と呼ぶことにします。オホーツクのオホです。
みなさんもご一緒に呼んであげてください。せーの、
オホちゃ~ん
Q1-2:「死骸」なの?もしかして、生きてるんじゃないの?
死んでます。あいにく、既に息はありません。
私の了見では写真だけで判別できませんでしたが、調査記録を照会し、事案を特定できたことでわかりました。
なぜなら「オホちゃん」は、
- あお向けの体勢になっています。生きているなら、基本的に腹ばいの姿勢をとると思います。
- 腹部を切られています(胃の内容物調査のため)。
- 胃の中がほとんど空っぽだったそうです。
写っているのは、オホちゃんの「死骸」「亡きがら」で間違いないです。
【3/28訂正】
コメントで指摘をいただきました。以下の見解が誤っておりましたので訂正いたします。
拡大画像で確認
「お腹を切られている」を拡大画像で確認してみます。おわかりになりますでしょうか?
人物の足元後ろ側(赤い四角形で囲んだあたり)で段差ができています。ここが切開面です。
「段差」部分に見える白い断面(↑部)は脂肪の層と思われます。腹部を切開しない限り露出することのない部分です。
以上、誤りの履歴として残しておきます。
これは「胸びれ」のようですね。
※画像は、Vol.3 沖縄 ザトウクジラの季節|おきなわ図鑑より
こんな色だとは知りませんでした。
ザトウクジラは体長の3分の1ほどもある長い胸ビレを持っているのが特徴です。
出典:ザトウクジラのヒレは省エネ設計|J-Net21(2010/11/15付)
(3/28訂正・追記ここまで)
Q1-3:鯨じゃなくて、上に乗っかってる野郎は誰だよ?
炎上ポイントのひとつです。
たぶんの推測ですけれど、ここに写っている人物は、北見市の塩浜さん(応募者かつ、文脈を判断すれば撮影者)のお知り合いだと思います。
きっと、写真趣味の同好の士じゃないでしょうか。
いちおうの根拠
弱いですが根拠はあります。
「右手に何か持ってるみたいだけど、何だろう」と思って画像を拡大してみました。
これ、恐らくカメラですよね。それも一眼の「さぞかし、お高いんでしょう?」的なやつ。
Q2:ここどこよ?
網走です。
この辺です。だいたい、□で囲った地点。
地名で言えば、「網走市藻琴」の「網走原生牧場観光センター付近」の海岸です。
緯度と経度は、43.975554N 144.311584Eです。
写真の背景とも整合する
照らし合わせると、地形的にも整合が取れます。
前景の「オホちゃん+人物」の背後に目をこらすと、遠くにうっすらと山並みの稜線が見えます。知床半島の山々です。
ここから、だいたいの撮影方向もわかりました。撮影者の向きは、前掲地図内の矢印で示した方向だったことになります。
Q3-1:撮ったのいつよ?
2015年の10月です。
影の方向から判断すれば恐らく午前中でしょう。南中する時間帯よりも前に見えます。
発見は、13日
ザトウクジラの「オホちゃん」が現場に流れ着いているのを発見されたのは、10月13日のことでした。
現地調査は、15日
開腹による胃の内容物の確認も含めた調査は、15日に現地で行われています。
腹部に切開した跡が認められることから、「征服」写真の撮影はこれらよりも後、ということになります。
Q3-2:何日だよ?
これも「たぶん」の推測ですが、2015年10月16・17・18日のどこかでしょう。
断言には至りませんけれども、可能性として最も濃厚なのは「10月18日」です。根拠は次の2点です。
- 天候
- 曜日
根拠1:天候について
写っている雲の量からすると、網走の天気が「曇時々晴」だった18日が最も整合が取れます。16・17日は、ともに「快晴」でした。
参照データ:気象庁 > 過去の気象データ検索 > 網走 2015年10月(日ごとの値)
根拠2:曜日について
加えて、2015年の10月18日は日曜日でした。
「オホちゃん乗っかり野郎」の職業次第ですが、土日が休みの公務員あたりだったならば、現場に足を運べる確率が高まります。
補足説明:16日以降である根拠
一部くり返しとなりますが、あらためて説明しておきます。
「オホちゃん+乗っかり野郎」写真の撮影日時は、2015年10月15日以降のどこかです。
撮影された写真を見ると、
- オホちゃんの腹部に切開調査(10/15実施)による「段差」があり、
- そこで皮下脂肪層の露出が認められる
以上2点の事実から確定できます。
プラス、「撮影時刻が午前中だった」可能性が高いことをふまえれば、「15日」のセンもまずないでしょう。
よって、「16日以降」だと思われます。そのうち最も可能性の高いのは、18日です。
鑑定結果としては以上です。
調査過程について+出典情報
ここからは、次の2点について記します。
- 調査過程
- 出典情報として参照したWebコンテンツ
鑑定にあたり有益だったサイトへのリンクを紹介するとともに、適宜そのさわりを引用しておきます。
1.基礎的情報
「クジラが陸に上がる」という出来事そのものに名前が付いてました。「ストランディング(Stranding)」というそうです。
次の各サイトがざっくり知るのに勉強になりました。
- Wikipedia「Cetacean Stranding」「座礁鯨」―日本語では、クジラの「座礁」ともいうみたいです
- ストランディングデータベース|下関鯨類研究室
過去の事例が逐一収集されデータベース化されていることも知りました。
2.調査プラン策定
オホーツク海沿岸でクジラが陸に乗り上げた過去の事例、すなわち「ストランディング」記録をたどれば、撮影地点および日時の絞り込みができそうです。
3.調査範囲の絞り込み
ということでストランディングの記録を探すこととあいなりました。
しかしながら、果たしてこの世の中、そんなうまい情報が都合よくネットで見つかるなんていう悪徳商法のセールストークばりにムシのいい話なんぞが実在するのでしょうか?
ありました。
- Stranding Network Hokkaido(ストランディングネットワーク北海道)
ストランディングネットワーク北海道は、北海道内における鯨類の座礁・漂着・混獲(ストランディング)調査の重要性を啓発し、その情報と標本を広く収集して一般市民・学術研究者に公表・配分することにより、海洋と鯨類に関する啓発と理解を深めることを目的とした調査・研究グループです。
って、素晴らしい! なんて日だ!
以下、同グループを「SNH」と表記します。
充実しすぎで逆に困った件
今年(2016年)1月末が締め切りだった写真コンテストですから、恐らくは直近のことだろう。そう見込んで時期に合う漂着事例を新しいものから順に見ていきました。
が、件数ありすぎ。ありがたいけど。
逆に困った。
4.誰?の特定(クジラ)
ひとまずSNHのサイト(kujira110.com)から離れ、画像検索をかけて調査することにしました。写真と姿かたちの似たクジラが「座礁」していないか、ストランディング事例を検索してみます。
すると、こちらのクジラが似ていました。2012年1月、撮影地は小田原市だそうです。
ザトウクジラの記事|日本沿岸旅行記より
よく似ています。オホちゃんも「ザトウクジラ」で間違いなさそうです。
「くり上げ最優秀賞」でもいいかも?(その1)
ちなみに、同サイトの写真から私の「これいいやん」な1枚はこちら。
小さいクジラですが子供ぐらいなら丸呑みできそうです。(撮影日:2012/01/04)
調子こいて素人講釈を述べれば、キマった!って感じの妙味はありませんが、構成要素が素直で好感が持てます。私個人はこれが「差し替え・仕切り直しの最優秀賞」で一向に構わないです。
オホーツク関係ないけど。
5.場所の特定
SNHサイトで「ザトウクジラ」「漂着」の事例を探して記録を見つけました。こちらです。
SNH15045 [漂着] 網走市(オホーツク海) ザトウクジラ(2015/10/14付)
以下のストランディングがありました。
SNH整理番号:SNH15045
発見日時:2015年10月13日
受報日時:2015年10月13日17時30分
場所:網走市藻琴 網走原生牧場観光センター付近
Googleマップ+ストリートビューを使って現場付近を見てみました。海岸線のすぐそばを国道244号線(斜里国道)が走るポイントでした。
風景として概ね整合が取れている印象です。破綻はしていません。
6.時系列上の「死骸」変化の推定
承前。いずれも「SNH15045」からです。
体長:741.5cm/SNH
鯨種:ザトウクジラ Megaptera novaeangliae/SNH
性別:♀
種類・大きさの情報も、写真と照らした感じで矛盾はなさそうです。
ただし13日時点?での外見は、
こんな具合ですから、ボディの細部のありようが違っているようにも見えます。その点留意してケイゾクです。
7.日時の絞り込み
ところで、コンテストの審査員だった藤井さんは、冒頭の写真を「最優秀賞」に選んだ選評で「滅多に見られない作品」と称していました。
- だったらニュースにもなるだろう
そう思って探してみました。
ありました。「SNH15045」になかった情報も含まれています。
写真が撮影された日付(いずれも推定)を意識しつつ、2つ紹介します。
7(1):10月13日に撮影
網走市、赤ちゃん鯨の死骸が漂着/低気圧のしけで体力消耗?|共同通信 47NEWS(2015/10/15付)からです。
15日付の記事ですが、添付写真のキャプションは
13日、北海道網走市(北海道網走建設管理部提供)
となっていました。こちら↓:
下線部が初見の新情報でした。※下線は引用者
北海道大大学院の松石隆准教授によると、鯨は雌で、乳離れして間もない0~1歳とみられ、死後7~10日が経過していた。
15日に現地で解剖した結果、胃に内容物がほとんどなかったという。
7(2):10月14日に撮影
2015年10月のニュース|網走ニュース@伝書鳩.com からです。
From網走ニュース 14日(水)9時31分
海岸にクジラ死骸
ザトウクジラの子どもか?
記事中の写真・文章とも14日付のようです。
オホちゃんの「ビフォー=解剖調査(10/15)前日」のさまがよくわかる写真が載っていました。
抜粋して転載します。
おじさんのいる陸側がお腹、波が当たる海側が背中となります。
こちらの撮影アングルは「征服」写真とよく似ています。両者背景からは同一地点と判断してよさそうです。
しかし「征服」のオホちゃんと比べると、
- 横向き
- 表皮に段差なし
という点が違っていますね。
さて、記事では
翌日[14日]午前7時過ぎには、鱒浦地区の海岸に打ち上げられたクジラの死骸周辺に数人の市民が集まり、
としており、
その折に撮影したらしき画像が多く載せられてていました。上キャプチャ内の各画像への直リンクを付けておきます。
- (右上)20151014_082124.jpg ※上に転載済み
- (右下)20151014_082736.jpg
- (左下)20151014_082247.jpg
- (左上)20151014_083234.jpg
差し替え「最優秀賞」はこれで決まり?
これらの中では、「オホちゃん+おじさん」の2ショット写真(4枚配置の左下のやつ)が私はいちばん好きです。
これこそ代役「オホーツクの四季・最優秀賞」でいいんじゃないの? 同じくオホちゃんの写真だし:
平々凡々とした撮り方に思えますが、そこに味わいがあります。なんか、おじさんの声が聞こえてくるような。
下で「写真で一言」もやっときます。
写真で一言(例)
「コンビニ行ってくるけど、なんかいる?」
余談:調査のスタート地点
おまけの余談です。最初に手を付けたポイントを記しておきます。
私がくだんの(タイトルが寒い)「征服」写真を見て最初に浮かんだ疑問は
- 陸に上がったクジラは呼吸できるのだろうか?
でした。自分の体重で窒息してしまうんじゃないの?と思ったのです。
というのも、以前に福知山線脱線事故(2005)の調査報告書を読んでいて、事故の死者(107名)のおよそ6人に1人(18名)の死因が「窒息」だったのを知った経験があったためです。
えらく意外だったので、当時、知ってる?「人は、鼻・口をふさがれなくても窒息死する」 (2013/10/08)を書いています。
そこから、オホちゃんが生きている可能性はあるかを探っていったのが始まりでした。余談でした。
以上、だいたい謎は解けました。
まとめ(1)基本情報おさらい
基本情報のおさらいです。
- 一般に、その生死によらず、鯨類が海岸に到達した事案を「ストランディング」と呼びます。
- ただし、死骸の漂着した事案を「ビーチング」(beaching)と称して区別する場合もあります。
- 英語情報に接した印象だと、海外(英語圏)の場合はStrandingとBeachingとを区別するのが主流に思いました。
まとめ(2)ザトウクジラ「オホちゃん」情報
(1)もふまえて、オホーツク海沿岸に打ち上げられた「オホちゃん」情報をくり返します。
- ザトウクジラのメスです。
- 体長約7.4m、推定0~1歳です。
- 2015年10月13日(火曜日)、網走市藻琴の海岸で発見されました。
- 発見された時点で既に死亡していた(=死骸が流れ着いたビーチング事案)と考えられます。
- 10月15日(木曜日)に、SNH(ストランディングネットワーク北海道)による調査が現地で行われました。その際、胃の内容物を調べるため、腹部を切開しています。
- 影の方向・天候・曜日の3点から検討すると、「征服」写真が撮影された日付で最も可能性の高いのは、10月18日(日曜日)の午前中です。
- 上に乗っかっている人物は、応募者である北見市の男性と知り合いで、写真を趣味とする同好の士だろうと推察できます。
鑑定できた事実関係としてはこんなところです。ご静聴ありがとうございました。
【2016/03/28追記】
Twitterにこんな“証言”がありました。
数日前に父の写真友達が賞取ったって喜んでたのだけど
その写真に問題あるってネットで話題になってて。
テレビのニュースにまでなってる。
賞は辞退することになったそうだけど
”ほぼ”主催者側に辞退すると言わされたらしい。
選考して賞を決めたのは主催者なのにお詫びの一言もないみたいだわ— モモンガ▽(・o・)▽ (@34utauinu) 2016年3月16日
同じ方のブログからです。
自分は直接は関係ないのだけど桃父の写真仲間が大変な事になってます。
今まで身近でこんな経験はなかったのけど
この状況は酷いな。”炎上”に巻き込まれるというのは怖い。
あの状況は撮影者がやらせた行為ではなく
あの時は人がたくさん集まっていて、
そんな中で登っている人がいてそれを撮影しただけみたいですよ。
出典:鯨。|桃色ブログ(仮)(2016/03/16付)
筆者のお父様「桃父」さんが、何か情報をお持ちかもしれません。
(追記ここまで)
論評は各自でご自由にどうぞ。
コメント
件の写真で切開による切開面が見えるとのことですが、これはザトウクジラの右胸鰭ですよ。
kanematsuさま
コメントありがとうございます。
ご指摘のとおり「胸びれ」が正解みたいですね。不見識でした。
(体の向きから言えば「左」だと思います)
本文テキストを訂正しました。
手のひら?側はこんな色をしているのですね。勉強になります。