こんにちは。デザイン芸人「デザインや」です。
この記事で言いたいこと
「パクリだから悪い」は誤解です。短絡です。
パクリの中にも、「真っ白」から「真っ黒」まで無数のグレーゾーンが存在します。
図:「パクリ」の分布イメージ
その白黒・よしあしは、面倒でも個別の案件ごとに判断しなければならないと思うのです。
確認事項(基本的考え方)
「パクリ」というのは、俗語です。
公式な場面において、
人の物をかすめ取る
(明鏡国語辞典:ぱく-る)
以外の共通見解は見いだせていません。
なぜこの記事を書いたか―長い前置き
この記事を書くことにした経緯を述べる、長い長い前置きです。
1.「流れ」が変わったネット記事
使用中止決定(9/1)後も収束する気配が見えない五輪エンブレム問題。ネットでは昨日(9/7)、大きな動きがありました。
こちらの記事の公開と、それに対する反響です。
- よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?(深津貴之)|Yahoo!個人(2015/09/07付)
これがプロ野球の試合なら、夜のGoing!で「このプレーでゲームの流れが変わりましたね」と江川卓さんが解説しそうです。
当ブログでは8月10日以降、複数の記事で「盗用ではない」「提訴しても原告に勝ち目はない」と述べておりました。世間の議論がやっと一歩追いついてくれたのがうれしい半面、手前のパワー不足を恥じ入るばかりです。
2.反応から最先端の議論を見いだす
昨日(9/7)以来、上記記事に対するTwitterでの反応を追いかけています。たぶん、筆者の深津貴之(@fladdict)さんの次ぐらいにチェックしているのではないかと、いらぬ自負を持っております。
見ていった関連ツイートの数で言えば、恐らく3000は下回らないかと思います。実にくだらない。
で、私の見たなかでは、元記事における論点の範疇外ではありますが、こちらの議論が最も進んでいました。
@tokyopasserby 繰り返しになりますが、私は作家の「意図」というのは、基本的にどうでもいいと思っています。最終的に作品あるのみだと思っています。作家の意図というのは、歴史理解の役には立ちますが、作品の美的価値とは最終的に無関係だという立場です。
— Oichiro / 央一郎 (@oichiro1) 2015, 9月 7
「最終的に作品あるのみ」
@oichiro1 とくに異論はありません。ただ独立してみたときに美的にどうであるかということと、それが模倣・盗用かどうかというということは別の議論ということではないでしょうか。
— passerby (@tokyopasserby) 2015, 9月 7
「美的」と「模倣・盗用」とは別の議論
@tokyopasserby ああ、passerbyさんがおっしゃっているのは、深津氏のような読解は、佐野氏がパクったかどうかの立証にはならないということですね? それはそうだと思いますが、べつにパクったっていいじゃん、というのが私の立場です。十分に変わっていれば、法的にも。
— Oichiro / 央一郎 (@oichiro1) 2015, 9月 7
元記事は「佐野氏がパクったかどうかの立証にはならない」
からの「べつにパクったっていいじゃん」「十分に変わっていれば」
問題に関して先頭グループに属する議論であり、かつ賛同もできます。リツイートしてから、まとめてこう述べました。
大事な議論。>RTs かみ合っていないように思えるデザイナー側と一般素人とのあいだでも、本件でなぜか不思議と共通しているのは、「あらゆるパクリは悪」としている節があること。
— ヤシロタケツグ「デザインや」 (@yashiro_with_t) 2015, 9月 7
言いかえると、それは「パクリ=悪」という図式への疑問です。
3.クリエイターたちの「区別」
ここに、また別の方からリプライをいただき、次のとおり話が発展しました。
@yashiro_with_t 「パクリ」かどうかは本人にしかわからないのに周りが安易に「パクリ」という言葉を使う(潜在的にみんなが悪なる存在を望んでるんだけど/無責任に盛り上がれるので)ことが話をややこしくしていると思います。
— Takeshi Ishibashi (@ishib) 2015, 9月 7
周りが安易に「パクリ」という言葉を使う
@yashiro_with_t 多くのクリエイターはレッテルに怯えるからではなく「パクリ」と、引用、オマージュ、インスパイア、偶然の一致(潜在的な記憶に触発された偶然の一致含め)を区別してるだけと思います あるべき論として
— Takeshi Ishibashi (@ishib) 2015, 9月 7
クリエイターは(あるべき論として)「パクリ」、引用、オマージュ、インスパイア、偶然の一致を区別してる
@ishib すみません。説明が上手くありませんでした。クリエイター側のその区分もわかるんですが、思考回路がほぼ「似ている=パクリ」の一般の素人には共有されていない気がします。ならば「パクリ」の定義をし直す方が得策ではないかということです。
— ヤシロタケツグ「デザインや」 (@yashiro_with_t) 2015, 9月 7
それより「パクリ」の定義をし直す方が得策ではないか
と、いいやり取りができました。
前置きはここまでです。
そんなわけで、以降で再定義した「パクリ」を使っていきます。以下のようなパクリの普及の試みです。
白黒判定!パクリ事案(ヒット曲編)
音楽の分野から「ヒット曲編」として、私の知る例から次の3曲についてパクリの白黒を判定していきます。
- LOVEマシーン(1999)(曲:つんく/編曲:ダンス☆マン)
- サザエさん一家(1969)(曲:筒見京平)
- サンバ・デ・ジャネイロ(1997)(曲:Gottfried Engels / Airto Moreira / Ramon Zenker)
念を押しておきます。3曲とも、私の用語法ではすべて「パクリ」です。
以下、「パクリ元」との相互比較用にiTunes Storeの音源と、(あれば)YouTubeへのリンクを付けておきます。
1.《LOVEマシーン》の場合
【結論:パクリ上等。クール。】
LOVEマシーン(1999)
モーニング娘。
¥200
YouTube:モーニング娘。 『LOVEマシーン』 (MV)(2010/10/15付)
パクリ元たち
4曲はあります。
(1)D Train《You’re the One for Me》(1981)
曲全体の基調となっているのはこれです。
You’re the One for Me
D Train
¥150
YouTube:D Train – You’re the one for me|UnidiscMusic(2011/09/02付)
(2)Bananarama《Venus》(1986)
そこに、この曲のイントロ部のリズムが乗ります。
Venus
バナナラマ
¥250
2012年の攻めたリミックス盤なら、パクられた冒頭のリズムが試聴できます(音量も攻めているので再生時はご注意を)。
Venus (DJ Hammond Hardtechno Remix 2012)
Bananarama
¥250
YouTube:Bananarama – Venus (OFFICIAL MUSIC VIDEO)|RHINO(2013/09/27付)
(3)Jackson Sisters《I Believe In Miracles》(1973)
ヴォーカルの展開イメージはこのあたりです。
I Believe In Miracles
Jackson Sisters
¥250
(4)EARTH, WIND & FIRE《Boogie Wonderland》(1979)
で、隠し味にちょっぴりこれも。
Boogie Wonderland (with The Emotions)
アース・ウィンド・アンド・ファイアー
¥200
YouTube:Earth, Wind & Fire – Boogie Wonderland (Official Video)|EarthWindandFireVEVO(2013/10/22付)
コメント
ざっくり言えば、《LOVEマシーン》とは、イントロから(1)を基調に(2)のリズムを乗せ、(3)の展開イメージに(4)のスパイスを加えてこさえられた曲です。
パクりすぎです。
それがなぜか、見事な日本のアイドルソングに仕上がっています。とってもクールな仕事です。パクリ上等です。
参考サイト
「パクリ元」のデータはこちらから取りました。
ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル > 放送後記 第66回(2008/07/05付)
《LOVEマシーン》の制作過程もだいたい書いてあります。
曲の最後に"LOVEマシーン"と付け加えたのは自分のアドリブ。
(矢口真里のコメントより)
など、クリエイティブの現場の空気も伝わってきそうな内容です。
2.《サザエさん一家》の場合
【結論:今ならアウト。ただし時効。】
サザエさん一家(1969)
宇野ゆうこ
¥250
サザエさんのエンディングで流れる歌です。じゃんけんの「戦闘準備」に入るための一曲でもあります。
パクリ元
1910 Fruitgum Company《Bubblegum World》(1968)
エンディング《サザエさん一家》(1969)の元ネタ的に「トリビアの泉」で紹介された(#858)曲。1968年デビューのこのバンド、現役で活動中です。 → 1910 Fruitgum Company-Bubblegum World: http://t.co/cNAsBpirCs
— ヤシロタケツグ「デザインや」 (@yashiro_with_t) 2014, 5月 17
コメント
イントロ部分がまるパクリです。今の世に新曲で出たなら、きっとアウトだろうなと思います。
3.《サンバ・デ・ジャネイロ》の場合
【結論:まったく問題なし。なのにややこしい話も。】
パクった箇所がきれいに入った演奏から。
Samba De Janeiro
Champ United
¥150
こちらは「パクリジナル」(=パクリオリジナル)
Samba de Janeiro (Radio Edit)
Bellini
¥250
調べてみるとBelliniはドイツのグループなんですね。ややこしい。
パクリ元
アイアート・モレイラ(Airto Moreila)さんの作曲した、次の作品たちです。
《Tombo in 7/4》(1973)
パクられている箇所の入った演奏です。(0:12あたりから)
Tombo in 7/4
川口千里
¥200
探してみた中では下記リンク先の演奏が好きです。ちょっと荒っぽいですが、そこもよし。
YouTube:tombo in 7/4|daichikato(公開日:2015/03/04)
《Celebration Suite》(1977)
当該のモチーフが、後年こちらでも使われています。
Celebration Suite
アイアート・モレイラ
¥-1
コメント
《サンバ・デジャネイロ》にも作曲者に「Airto Moreila」のクレジットが入っているので、ほぼシロの事案です。文脈によっては「パクリ」とすること自体が不当かもしれません。
FIFA 2014がらみでもめていた
しかしそれでも、本件は権利関係で一時もめたみたいです。
Hugo Fattoruso y la polémica por "Samba de Janeiro"|El Observador(2012/12/04付)
自分自身がスペイン語をほとんど解さないので何を言っているかわかりませんが、もめていることだけはわかりました。
- Fattoruso: “No me extrañaría si la FIFA baja el tema”|El Observador(2012/12/05付)
この、ウルグアイのニュース記事を翻訳してみた結果からすると、《サンバ・デ・ジャネイロ》が2014年のFIFAワールドカップ公式ソングに選定されそうだという話から、Fattorusoさんが「あそこ作曲したの、実はオレ」と著作者としての権利を主張したもようです。
パクリ元(仮)
YouTubeには「オリジナル」と称するファイルがあります。ただ、裏が取れていないので(仮)としています。
SAMBA DE JANEIRO ORIGINAL – HUGO FATTORUSO(2012/10/30付)
電子ピアノを使ってのフュージョン仕立てでした。
で、どうなった?―衝撃の?結末
で、気になるのは、ことの顛末です。
結論から言えば、すぐ終息したみたいです。翌12月6日付で、ウルグアイの他紙サイトにこんな記事がありました。
*印以下は、翻訳結果からざっくり読み取った大意です。
Canción es “100%” de Airto, dice productora del brasileño|CIEN18CHENTA(2012/12/06付)
*ブラジルのプロデューサー「曲は100%Airtoのもの」
“Samba de Janeiro” no fue elegida por la FIFA para promocionar ninguna instancia del Mundial de 2014.
*《サンバ・デ・ジャネイロ》は、FIFA2014ワールドカップのキャンペーンソングになっていない。
Según el comunicado de Moreira, “Celebration Suite”, incorporada en “Samba de Janeiro”, es “100% compuesta por Airto y, aunque sea similar a ´Tombo in 7/4`, se trata de una composición distinta”.
*Moreila氏は声明の中で、《Samba de Janeiro》に組み込まれた《Celebration Suite》のパートは100%自身の作曲であり、《Tombo in 7/4》に似てはいるが別の作品だとしている。
El reclamo, agregan, carece de evidencia material.
*何ら物的証拠のない話だ。
“Si el sr. Fattoruso sigue en este reclamo sin que muestre evidencias incontestables de coautoría, estaremos obligados a recurrir a recursos legales para defender la propiedad del sr. Moreira en la composición (´Tombo in 7/4`, ´Celebration Suite` y también su parte en ´Samba de Janeiro`) así como su reputación.”
*「今後もFattoruso氏が揺るがぬ証拠を何ひとつ示さないのなら、われわれは法的手段を取らざるを得ない」
間接的に確認
実際2014年に出たこのアルバムに、《Samba de Janeiro》は入っていません。
コメント
作品がなまじ世の注目を浴びると、こういう話が起こりがちということでしょうか。
ただ、「パクられた」側にしてみれば、内心穏やかでないことも想像できます。相手が大きければ、なおさらです。
まとめ
必ずしも「パクリ=悪」ではないと定義し直した「パクリ」を使った記事の試みでした。
パクリに関するもめ事は、当事者間で解決を図るのが第一です。
「外野は黙ってろ」とまでは思いませんが、当事者とは一線を画して見守るだけの度量と慎みは持っておきたいものです。
どこかのエンブレムのケースでは、過去の事例から得られたはずの知見など一切顧みていないかのごとく、まるで違った経過をたどってしまったことが残念です。
こちらからは以上です。
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