こんにちは。
安倍首相の声明に、21世紀型格差社会の到来を予感した話です。
この記事で言いたいこと
- 罪を「償わさせる」じゃありません。「償わせる」です。
- 五段活用動詞につながる助動詞は、「させる」ではなく「せる」です。
- 助動詞の動詞化が起こっています。
- 従来「さ」のなかったところに「さ」を付ける、21世紀型の《かく「さ」社会》が来そうです。
1.罪を「償わさせる」って…
経緯
湯川遥菜さんに続き、過激派テロ組織「イスラム国(ISIS, ISIL)」が拘束し人質としていた後藤健二さんを殺害したことを受け、日曜(2/1)の朝に安倍首相が
その罪を償わさせる
と非難する声明を出しました。
※画像は、安倍首相「全力で対応してきたが、誠に痛恨の極みだ」|TBS News-iより
その言葉がえらく戦闘的、好戦的であるがために、「アベ、戦争する気満々じゃねえか」みたいな巷の声も聞こえてきます。なるほどそういう見立てもできましょう。
しかし私は、そういった議論に進む前の段階でひっかかってしまいました。
すなわち、その発言内容ではなくて、日本語そのものにひっかかってしまったのです。
つまり、
罪を「償わさせる」ってなんだよ
それを言うなら「償わせる」でしょうが
ということです。
まさに今この記事を書いている最中も、「償わさせる」と入力すると、ATOKから《さ入れ表現》と警告が出ます。
無用な「さ」を付けてしまう「さ」付き問題です。
文書では「償わせる」だった
首相官邸サイトの「平成27年2月1日 内閣総理大臣声明」にあるテキストでは、
テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります。
と、償わ「せる」になっています。「償わせる」なら、日本語として違和感を覚えたりイラッときたりはしません。
わざわざ「さ」を付ける安倍さん
順序からすると、声明用の文書が先に用意されていたものと考えてよいでしょう。
なのに、そこを安倍さんはわざわざ「さ」を付けて「償わさせる」と言っているのです。
証拠動画
こちらの動画で確認できます。(0:50あたり)
安倍首相「全力で対応してきたが、誠に痛恨の極みだ」|TBS News-i
「さ」付きの病、いよいよ膏肓に入る感がいたします。
編集しすぎる報道は正しいか?―難しい問題
ついでにマスコミ方面にもなんくせを付けておきます。
本件に関する各社の報道も「償わさせる」「償わせる」入り乱れています。
現段階での素朴な感想としてひと言述べると、会見で安倍さんがあたかも「償わせる」と言ったかのように受け取れる報道は、失格です。事実が歪められているからです。
別の見方
しかしそう断定できるかというと、難しいところです。
というのも、「償わさせる」と言ったのに「償わせる」と報道しているのは、
- 安倍首相による、日本語に対するテロ行為とも言える暴挙を断固として許さない
そんな姿勢とも解せるからです。
たぶん99%、私の考えすぎです。
今後の要考察テーマ
また、「編集」に属する一問題として、「間違いをどこまで通すか/通さないか」は単体で十分考察に値するテーマではあります。
金にならないことばかりやりたくなってどうしようもない自分ですが、一度しっかり考察を深めておきたいところです。
2.無用の「さ」が付く日本語表現の跳梁を憂う
くり返しますと、「償う」に使役の助動詞をつなげるときは「償わせる」です。
「さ」は要りません。
現代の文法規則に照らせば、「償わさせる」は間違った日本語であり、かかる表現は日本語に対するテロ同然の暴挙と評価せざるを得ません。
「さ」付きの奇妙さを解説
「償わさせる」ではなく「償わせる」
これを文法の面から解説します。
使役の助動詞「せる」「させる」
使役の意味を表す助動詞には、「せる」「させる」の2つがあります。
接続
動詞の未然形に接続します。
使い分け方
広辞苑での記述から両者の使い分け方を整理すると、
- 「せる」を使う動詞 (例)
- 五段活用
(泊まら-せる) - サ行変格活用
(参加さ-せる)
- 「させる」を使う動詞 (例)
- 上一段活用
(飽き-させる) - 下一段活用
(考え-させる) - カ行変格活用
(来-させる) - サ変動詞で未然形が「せ」の場合
([責任を]帰せ-させる) ※「帰する」
となります。
「償う」なら「償わせる」
動詞「償う」は五段活用です。
- 償わ(ない)
- 償い(ます)
- 償う
- 償う(とき)
- 償え(ば)
- 償お(う)
のように活用します。
ですので、使役の意味を持たせるときは、「償う」の未然形に助動詞「せる」をつないで「償わせる」となります。
五段活用動詞+「させる」の奇態
五段活用の動詞には「せる」を接続するのが、当世での日本語の規則です。
そこを、五段動詞+「させる」とするのは、日本語文法のルールから逸脱しており、奇妙キテレツに映ります。
それを感じてもらうために、例文を作ってみることにします。
例文に用いる動詞は、次の4つです。
- 遣う
- 戦う
- 拾う
- 笑う
いずれも「償う」と同じく、ワ行で五段活用する動詞です。
日本語テロ「五段動詞+させる」の例文
上述の4つの動詞に「させる」をつなげると、こうなります。
(ここから)
テロリストの罪を「償わさせる」と述べた安倍さんは、これから、
- 現地へ自衛隊員を遣わさせたり、
- 過激派組織のテロリストと戦わさせたり、
- 不幸にも殉職した者の骨を拾わさせたり、
するつもりなんでしょうか。
笑止千万です。
笑わさせないでほしいです。
(ここまで)
いやはや、なんとも言えない奇態を呈しております。
まさしく、美しい日本語、麗しき日本の伝統をも破壊するテロ同然の暴挙であります。
そのような暴挙が、内閣総理大臣であり、仮にも「保守」と目されている政党の総裁でもある人物により公然と行われているのです。
笑わせないでというか、笑いごとじゃありません。
3.起こっているのは「動詞間格差の解消」
とはいえ言葉は揺らぐものです。
テロリズムを感じさせる日本語の氾濫にただ恐懼するのでなく、「さ」付きにも一定の理があると考えることはできないでしょうか。
「さ」付き表現にしても、現状を基準にすれば奇怪なだけで、何が「本来」か、綿密な調査研究を経ないとうっかりしたことは言えません。また、調査研究の結果「本来」が判明するとも限りません。
ということで、集団的自衛権の件で安倍内閣がやったように、解釈で乗り切ってみるアプローチを試みます。
結論
結論を先に述べると、「動詞間格差の解消」が起こっていると言えそうです。
なぜなら、「さ」付き表現では「させる」を助動詞ではなく動詞として使っていると解せるからです。
「さ」付きの事態を観察してみると
「さ」付きの現場で何が起こっているかを観察してみると、「助動詞の動詞化」と言えそうです。
すなわちこういうことです。
比較:(使役の意味を表す場合)
- 従来のやり方
- 動詞+助動詞「せる」または「させる」で表す
- 新しいやり方
- 動詞+動詞「させる」を組み合わせて、複合動詞として表す
ちょうど、「書き記す」とか「見損なう」のように、動詞と動詞を組み合わせた複合動詞を作っている。そうとらえることができます。
従来の文法では助動詞だった「させる」が動詞に格上げされています。
動詞間格差の解消です。
実際、「させる」という語は既に動詞としても成り立っており、辞書にも項目が立っています。
4.格差はなくならない
トマ・ピケティさんのベストセラー『21世紀の資本』ではないですが、この社会では、成員間の格差の発生は必然であり不可避です。
それは日本語の世界でも変わりません。
使役表現で動詞-助動詞間の格差がなくなったかと思えば、それで終わりません。
今度は、従来なかったところに「さ」を書き入れるという「書く『さ』」が生じています。
21世紀型、書く「さ」社会の到来です。
ダジャレかよ。
あとがきに代えて:名言と名曲で救う安倍さんの声明
というところで、「その先」、すなわち、安倍さんが出された声明の意味内容についても思うところもいくらかありますが、なかなかまとめきれません。
ここではとりあえず、
子供みたいなあなた
テレサ・テン《つぐない》(1984)
に名言と名曲のコンボを処方して、あとがきに代えることといたします。
小林秀雄「新興芸術派運動」(1929)
勇ましいものはいつでも滑稽だ。人間の真実な運動が勇ましかったためしはないのである。
さだまさし《償い》(1982)
あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもうあなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい
神様って思わず僕は叫んでいた
彼は許されたと思っていいのですか
人間って哀しいね(略)
それが傷つけあってかばいあって
こちらからは以上です。
コメント