こんにちは。
近ごろでは「妙齢」とだけ見聞きしても、それが何歳ぐらいを意味しているのか、まったくわからなくなりました。
そんな、ちょいと気になるいまどきの妙齢を取り上げます。
この記事で言いたいこと
- 妙齢が高齢化しています。30代・40代に使うのはざらです。70代の女性に使っていた例までありました。
- 従来「妙齢」とは、せいぜい20代後半までを指す言葉でした。辞書にも「若い年ごろ」とあります。
- そのため、中高年層に使う「妙齢」を誤用という人もいます。けれどもそれは早計です。
- 「妙」の字にもともと「若い」という意味はありません。あったのは「妙なる年ごろ→若い」という社会的合意です。
- 「妙」に対する社会的合意が変われば、妙齢のゾーンが移り変わるのも当然かなという気がします。
妙齢の高齢化問題を考える
1.高齢化する妙齢
妙齢が高齢化しています。
イメージ的に、これぐらいの年代の人を「妙齢」と呼んでいる例が多そうです。
※pakutaso.comより
ネットで見つけた用例を2つ引用します。
用例1
※下線は引用者(以下同じ)
そしてなにをやるにも口角を上げる、これ必須。 基本も基本。
もういっそ妙齢女子をつのって「口角機動隊」でも結成しようかと考える今日このごろです。
口角機動隊(笑)|佐伯紅緒公式ブログ(2013/10/28付)
文脈からは、募りたい「妙齢女子」は筆者と同年代と解釈できます。プロフィールによればブログ主の佐伯さんは1967年生まれ。公開日時点で45~46歳です。
用例2
東京ポッド許可局(TBSラジオ)の番組音声Podcastからです。(放送後3か月間公開されているようです)
さらに、山形の妙齢の女性からのおハガキを紹介。
聴いてみると、マキタスポーツさんがこの方を「妙齢」と言っていました。
はがきの差出人は1940年生まれと自称されていましたので、誕生日が来ていれば74歳です。
私の接した範囲での「妙齢」の最高齢記録です。
高年齢すぎる
どちらの例も、私が「妙齢」と聞いてイメージする年齢層から大きく外れています。高すぎです。
2.妙齢の若かった頃
従来の「妙齢」はそうではありませんでした。もっと若いです。イメージ的にはこれぐらいです。
※pakutaso.comより
青空文庫での用例
ちょいと古い日本語として、青空文庫の収録作品から、年齢描写を伴う「妙齢」の用例をいくつか紹介します。
国枝史郎『鵞湖仙人』(1926)
「どちらからお越しでございます?」
その婦人は朗かに云った。幽霊では無い、死骸では無い。将しく息のある人間だ。妙齢十八、九の美女である。ちゃんと三指を突いている。
平林初之輔『山吹町の殺人』(1927)
「昨夜牛込(うしごめ)山吹町の惨劇」、「被害者は妙齢の美人、犯人の目星つく」という初号活字を交(まじ)えた四段抜き三行の標題(みだし)で次のようなことが記されてあった。
「昨夜(さくや)十一時、牛込区山吹町××番地朝吹光子(二二)は何者かのために胸部を短刀で突き刺されて惨殺されておるのを発見された。
河上肇・随筆「断片」(1943)
また一九〇六年、二十八歳の妙齢を以て断頭台の露と消えたコノプリアンニコーファといふ婦人の裁判廷における陳述の中には、
このように、「妙齢」とは10代からせいぜい20代後半までを指す言葉でした。
余談:私の「妙齢ソング」
私の「妙齢」イメージも、だいたいそれぐらいです。
なので
♪はたち はたち はたち はたち
と連呼する《ふりそでーしょん》(2013)など、もろハードコアな「妙齢ソング」です。
きゃりーぱみゅぱみゅ – ふりそでーしょん,Kyary Pamyu Pamyu Furisodation(2013/01/09付)
余談でした。
国語辞典も
辞書もだいたいこの立場です。
広辞苑(第五版)
「妙齢」の項の説明は
うら若い年ごろ
新明解国語辞典(第四版)
別名「新解さん」では
女性の結婚適齢期の称。[古くは、男性についても言った]
とあります。
3.「誤用」論の早計
青空文庫収録のちょいと古い日本語文では、「妙齢」とはせいぜい20代後半までを指す言葉でした。
国語辞典もまた、同様の認識です。
こうした状況から、昨今の高齢化した妙齢の使い方を「誤用」とする向きもあります。
祖父母(&それ以前)の代からの用法に外れているので間違いと思ってしまうのも致し方ありませんが、そう結論づけるのは早計というものです。
なぜなら、「妙」の字に元来「若い」という意味はないからです。
『字統』によると
白川静先生は、『字統』で「妙」の字を
〔広雅 釈詁〕に「好なり」と妙好の義とする。
と解説されています。
つまり「妙」には、もともと「よい」という意味しかなかったのです。
ちなみに「広雅」とは、三国時代の字書だそうですから(コトバンクによる)、3世紀ごろの話です。
4.「妙齢」とは「年ごろ」のこと
「妙齢」とは「年ごろ」のことです。それが「妙」の字義にそった解釈というものです。
明治の文献から確認しておきましょう。
泉鏡花『妙齡』(1908)
使用するテキストは、その名もずばり、『妙齡』(泉鏡花, 1908)です。先ほどの例と同様、青空文庫から取りました。
旧かなづかいの作品で、齢の字も旧字の「齡」です。
…昔某の國に一婦ありて女を生めり。此の婦恰も弱竹の如くにして、生れし女玉の如し。年はじめて三歳、國君其の色を聞し召し、…
文中に、「妙齢」は2回出てきます。
妙齡に至らせ給ひなば、あはれ才徳かね備はり、希有の夫人とならせ給はん。
…此女何處にても伴ひ行き、妙齡を我が手に入れんまで、人目にかけず藏し置け。日月にはともあらん、夜分な星にも覗かすな、心得たか…
と、女の子があまりに美しいため、国の殿様は「妙齢」になる前に…というストーリーなんですが、ポイントはそこではありません。
重要なのは、この「妙齡」にどちらも「としごろ」と読みがなが付いていることです。
他の泉鏡花作品はじめ、「としごろ」とルビを振っている例が青空文庫収録作品にはいくつか見られました。
「妙齢」に「じゃくねん」と添える明治の本
しかしながら、明治の頃には既に「妙齢」に「若い」の意味も生まれていたようです。
近代デジタルライブラリーで「妙齢」を検索したうち、刊行年が最も古いものには、「妙齢」に「じゃくねん」の読みがなが振ってありました。
書誌情報によれば、明治9年(1876年)に出た本です。
こちらです。
※堀江復訳『新訳聖史略.巻之1』(1876)|近代デジタルライブラリーより
タイトル「五 イヽスースノ妙齢ノ事」の「妙齢」の右側に「メウレイ(みょうれい)」、左側に「ジヤク子ン(じゃくねん)」とかなが付けてあるのが見て取れます。
蛇足ながら、前後を読んでみると「イヽスース ハリストース」というのは、どうやらイエス・キリストのことみたいです。
小まとめ
「妙」の字にはもともと「よい」という意味しかありませんでした。
日本語の中で「妙齢」という語がいつから使われ始めたかは突き止められていませんが、明治のはじめ頃には既に、「若い」という具体的な年齢層を表す意味も持っていたことがうかがえます。
その頃、妙なる「好いお年頃」の年齢層は若いと受け取られていたわけです。
新解さんのグッジョブ
となれば、
女性の結婚適齢期の称。
としていた新明解国語辞典の書き方はうまいなと思わされます。
これはつまり、「としごろ」を指しています。そう取れば、それが具体的に何歳あたりを意味するかは二次的な問題にすぎなくなります。
5.まとめ:「妙齢=年ごろ」は世につれ
まとめます。
近ごろでは、「妙齢」が高齢化しています。
私自身の「妙齢」イメージはいまだに20代前半を中心とするゾーンです。これでは話が合わない恐れがあるため、ふだんこの言葉を使うことはありません。
「妙齢」だけで日本語話者どうしで意思疎通ができないことは不自由ではありますが、といって、高齢化した「妙齢」を誤用と断定するのもおかしなことです。
昨今の高齢化している「妙齢」は、妙の字を「微妙」や「奇妙」「玄妙」といった熟語の持つ「何とも言えない」のニュアンスを連想しての使い方だと考えられます。「妙」のそうしたイメージから出た用法が誤りとは言えません。
なぜなら既にここまでで述べたとおり、元来「妙齢」とは具体的な年齢を指している言葉ではないからです。
「妙齢」を同義語に言い換えるなら、最も適切なのは「年ごろ」でしょう。日本語使用者層の高齢化とともに、そんな「妙齢」の「お年ごろ」もシフトして高齢化してしまうのもやむを得ない話ではないでしょうか。
※歌川国貞「江戸名所百人美女」芝あたご(1857)|free-artworks.gatag.netより
ということで、高齢化する「妙齢」に対して、私は「消極的支持」派であります。
その「妙齢」がいくつであれ、私は年齢を問わず妙なる人が好きです。
フォーエバー妙齢。
コメント
最初の例の妙齢女子を募って~というブログは社会合意云々とかそんな上等なもんじゃなくただの精神的若作りの結果というか…40代でも女子と言いたい、みたいなただの個人の欲望ってだけじゃないの
お世辞と、それを真に受けて自称する痛いおばはん、って理解で充分と思います。
でもって、聞かじりの生半可な知識での誤用が増殖してるだけなのに、無理矢理理屈をこじつけているように見えました。