こんにちは。出典マニアの調査報告です。
結論:Executive Summary
原作者が『ニューロマンサー』の冒頭で伝えたかった色とは、日本語で俗に「テレビの砂嵐」と称される灰色系統の色です。
それ以外にありえません。
※画像は、ja.wikipedia.orgより
港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。
という『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン 原著1984, 邦訳1986)の冒頭の一文に関する記述をWebで調査しての結論です。
1.新説(珍説)の拡散
そこでの「空の色」が、実は快晴イメージの「青」だとする説があることをツイッター経由で知りました。
拡散の発端となったと思われるツイートがこちらです。
ニューロマンサーの「港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。」って冒頭、長いこと砂嵐の灰色をイメージしてたけど、アメリカのテレビの空きチャンネルは真っ青つまり快晴のイメージだったらしいと聞いてカルチャーショックを受けたのは結構最近のことだった。
— 九岡望 (@kuokanozomu) 2014, 11月 27
2.文献および出典の調査
事実関係をざっと調査したところ、
- 『ニューロマンサー』刊行後に、その冒頭の一文になぞらえて「本歌取り」をしているSF作品が、少なくとも2つ存在すること
- その2編ではいずれも、空の色を「青」にもじっていること
を知りました。
3.検討結果
「元ネタ」と、それをもじった「本歌取り」2編とを対比させた結果、また両者の関連に言及している記述を検討してみると、「本歌・元ネタ」の側である『ニューロマンサー』での空の色は、いわゆる「テレビの砂嵐」イメージの灰色系以外にありえません。
4.この記事ですること
この記事では、2.の事実と3.の検討結果を根拠として、「空きチャンネルに合わせたTVの色」=「真っ青」説を丁重に葬り去り、今後も2度と息を吹き返すことがないよう、存分に供養することを試みます。
「元ネタ」『ニューロマンサー』対「本歌取り」2編
まず、「元ネタ」冒頭の原文と、それをもじった「本歌取り」の文章2編とを順に並べます。
日本語の訳文も添えておきます。
比較対照元の「元ネタ」原文:1984年
はじめに、「元ネタ・本歌」である『Neuromancer』書き出しの原文です。
The sky above the port was the color of television, tuned to a dead channel.
日本語(黒丸尚訳)では、こうなっています。
港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。
対照先の「本歌取り」(1):1996年
上の原文をもじった「本歌取り」がある作品、ひとつめはニール・ゲイマン(Neil Gaiman)の『Neverwhere』(1996, 邦訳2001)です。
当該の文言はアマゾンでの「なか見!検索」結果から取りました。
The sky was the perfect untroubled blue of a television screen, tuned to a dead channel. It was midmorning, on a warm October day.
(拙訳)
空は、空きチャンネルに合わせたTV画面の、静かで完璧な青だった。暖かな10月のある日、その午前中であった。
本歌取り(2):2009年
「本歌取り」ふたつめは、ロバート・J・ソウヤー(Robert J. Sawyer)の『WWW: Wake』(2009)です。
「WWW三部作」と呼ばれる連作の第一作であることから、単に『Wake』とも表記されるようです。
The sky above the island was the color of television, tuned to a dead channel–which is to say it was a bright, cheery blue.
(拙訳)
島の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。それは、言うならばキラキラ、ウキウキするような青だった。
先ほどの『Neverwhere』での「本歌取り」と比べると、こちらの方が単語のみが置き換わっている文になっていて、原文のリズムをより厳密に踏襲しています。プラス、後ろに続くダッシュ以降で補足説明を加えています。そんな作りです。
一段と「元ネタ」の側に寄せ、原典を知る読者をニヤリとさせようとする意図を感じる言い回しになっています。
中間まとめ:「情報劣化伝言ゲーム」の所産?
元ネタをもじっている「本歌取り」バージョンでは、両方とも空の色が「青」です。
これでなんとなく、「珍説」発生のメカニズムがほの見えてきました。
- ここから「元ネタ」の空の色も「青」と早合点してしまった
- 「もじり版」での「青」を、元ネタ『ニューロマンサー』の話と混同してしまった
どうもこのあたりがこんがらがった結果、『ニューロマンサー』についても「空の色=青」という珍説が流布されるに至った、というのがコトの真相のような気がします。
要するにこの珍説は、情報伝達の不全である「伝言ゲーム」の所産ではなかろうかというのが、調査を経ての自身の見解です。
「珍説デマ」再発を防止するために
ここで皆さんが推測上での珍説誕生の経緯と同じように、
「本歌取り」での空の色も青なら、「元ネタ」もやっぱり青なんじゃねーの?
みたいな見当違いの結論へと流されてしまわないように、ひとつ申し添えておきます。
先ほど紹介した『ニューロマンサー』冒頭もじりの2編、『Neverwhere』『WWW: Wake』は、どちらも
1)『ニューロマンサー』の「空の色」
↓ ありきの~
2)でもその色って、今の時代ならこうなるよね
↓ からの~
3)「青」アレンジでの本歌取り
という流れで生まれています。この展開を見失ってはいけません。
実証:「でも今ならこうなるよね」
「元ネタ」の原文および「本歌取り」2編に関して、
例の『ニューロマンサー』の「空の色」って、今の時代ならこうなるよね
と述べているWeb記事を個別に挙げておきます。
1)SFRevu.com|Neuromancer
まず『Neuromancer』原著に対する分として取り上げるのは、SFRevu.com掲載の同書への2004年付のレビューです。
Neuromancer by William Gibson|Ernest Lilley(2004/11/30付)
すなわち、1984年の原著刊行から20年を迎えた時点でのレビュー記事であります。
全体に、「20年って早いよね。実際古くなっているとこもある。でもこの本はマスト」というトーンで書かれているレビューです。
Two decades ago, when William Gibson sat down at his manual typewriter […] and wrote: "The sky was the color of television tuned to a dead channel" he knew little about the future and cared less.
(拙訳)
手動式タイプライターに向かって(略)「空の色は空きチャンネルに合わせたTVの色だった」と書いた20年前、ウィリアム・ギブスンは未来のことなどさほど知らなかったし、大して気にもしていなかった。
In fact, we know today that the color of a dead channel is blue. Or whatever your digital tuner comes up with when it can’t come up with anything.
(拙訳)
実際、今日びのわれわれは映像の来ていないチャンネルの色は青だと知っている。何はともあれ、信号を拾えなければデジタルチューナーがブルースクリーンを出すわけだ。
このレビュー文の基調は、2004年当時の「今」と「20年前(=1984年)」との対比になっています。引用は前後しますが、冒頭からこんな書きぶりです。
Twenty years. Well, they sure went by in a cyber-blur. I can remember when all we had were dialup modems and BBSs. What’s that? Speak up there young man … these ears aren’t bionic. Eh? Bulletin Board Systems. Like a website, but not connected to anything except some phone lines. Slow? Ha. You can’t imagine.
けっこう口が悪い印象を受けます。訳すならこんな感じでしょうか。
(拙訳)
20年。いやほんと、サイバー時間で過ぎていった。ダイヤルアップモデムとBBSしかなかった時代を思い出すよ。あん?何だって? 声がちっせえよ小僧… こちとら補聴器もないんだよ、あ? 掲示板システム(Bulletin Board System)だよ。ウェブサイトみたいなもんだけど、電話線が何本かだけしかつながっていないんだよ。遅いかって? ふん、想像できねえよな。
20年前と今とは違う
「20年経ってみるとホント、ぜんぜん違うよな」、というトーンなのですから、先ほどの「青」のくだり、すなわち
In fact, we know today that the color of a dead channel is blue.
に関しても、「青」が常識の今(2004年)と20年前(1984年)とは違っていたと解するのが整合的な読み方です。
「今なら青」の裏を返せば、「20年前は違う色」です。
2)tvtropes.org|Neverwhere
『Neverwhere』はテレビ化もされているようで、テレビ放映作品中の言葉の出典などを解説するサイトtvtropes.orgにページが設けられていました。
そのLiterature:Neverwhereからです。
"The sky was the perfect blue of a television, turned[※tuned のタイポか?] to a dead channel." And played with, since the quote in the original work was meant to evoke a grainy grey colour, but then TV Technology Marched On.
(拙訳)
「空は、空きチャンネルに合わせたTVの完璧な青だった」。「元ネタ」の作品では灰色をした粒子を思い起こさせるためのくだりであったが、後のテレビ技術の進歩によって、軽い感じで使われている。
このページでは、「元ネタ」は青とは違うと述べるだけでなく、一歩踏み込んで「grey colour(灰色)」だと明示しています。
3)SFRevu.com|WWW: Wake
「元ネタ」と同じく、SFRevu.comのレビュー記事からです。
WWW: Wake by Robert J. Sawyer|Ernest Lilley(2009/04/07付)
レビュアー名表記も先ほどと同一ですので、同一人物によるものと解せます。
※強調は原文
If books were movies, I’d suggest this on a double bill with Neuromancer, which Rob can’t resist making a humorous reference to, "The sky above the island was the color of television turned to a dead channel…" he mentions, and which we may remember is taken from opening line to Gibson’s classic.
(拙訳)
仮にこれが映画だったなら、本書を『ニューロマンサー』と同時上映する提案をしようと思う。著者ソイヤーは本書で、分かる人にはわかるギブスンの古典の冒頭のくだりから採った「島の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。」とユーモラスな引用を織り込まずにはいられなかったわけだから。
もじり版は「元ネタ」と違う
大事なのはここからです。※下線引用者
But he continues, "…which is to say it was a bright, cheery blue" which pretty much sums up the difference between the two books.
(拙訳)
ただしその続きは「それは、言うならばキラキラ、ウキウキするような青だった」だ。ここが両者の間でかなりの大きな差となっている。
本歌取りの「もじり版」で付け足された部分は「元ネタ」と差異(difference)がある、違うということを述べています。
つまり、「元ネタ」の側はそういう色ではないということです。
つづき。
In Neuromancer, there was a presumption of decay and heartlessness, while here there’s the opposite – people (and other entities) are as often helpful as hateful, though Sawyer does not dismiss selfishness or callousness by any means.
(拙訳)
『ニューロマンサー』ではその底流に退廃と人心荒廃があったが、こちらはその正反対だ。著者のソイヤーは自己中心性や薄情さをまったく否定していないとはいえ、登場人物(および動物・その他)たちはいがみ合うのと同じぐらい頻繁に手助けしあう。
これだけ違う部分を前面に打ち出しての対比がなされているにもかかわらず、元ネタ側である『ニューロマンサー』での空の色が「同じ」青と解釈するのは、どう考えてもつじつまが合いません。
ここまでの書きぶりを総合して考えれば、もじり版が「青」なら、「元ネタ」は違う色だと解することが妥当でしょう。
4)tvtropes.org|Left Field Description
また、tvtropes.orgの「Left Field Description」の項で、 ※下線は引用者
The sky above the port was the color of television, tuned to a dead channel. – The first line of William Gibson’s Neuromancer.
という『ニューロマンサー』冒頭の「元ネタ」と
Robert J. Sawyer’s Wake (2009) features the above quote with a Technology Marches On twist: “The sky above the island was the colour of television, tuned to a dead channel — which is to say it was a bright, cheery blue.”
それをベースにした『WWW: Wake』の「もじり版」が、関連する具体例としてセットで取り上げられています。
「Left Field Description」というのは、前後の文から判断すると「日常生活などの詳細に関する描写」ぐらいの意味みたいです。なんでそう言うのかはよくわかりませんけれど。
でもって、これを例示している趣旨としては、「テクノロジーの進化に伴って『空きチャンネルに合わせた時のTV画面の色』も変わってしまったよね」といったところでしょう。
おわりに
「存分に」かはともかく、収集分析した情報から「『ニューロマンサー』冒頭の空の色=青」という珍説を否定し、供養できるだけの根拠は積み上げられたつもりです。
また、推測レベルながら、「空の色=青」説誕生の経緯も解明することができました。
くり返しますと、『ニューロマンサー』冒頭の一文をもじって「空の色は青」とした後世の「本歌取り」が少なくとも2編存在することで、これらの情報が「元ネタ」とも入り混じって錯綜したのが、先般の混乱した状況の発端ではなかろうかと私はみています。
異論・反論歓迎です(ただし根拠付きで)
もしそれでも「いや、『ニューロマンサー』の空は青だ」とされる異論・反論がございましたら、相応の根拠を添えてお寄せください。歓迎します。
ここまでの調査で「空の色=青」説を支持できるだけのサイバーパンクな情報は出てきませんでしたので、期待しています。
こちらからは以上です。ご静聴ありがとうございました。
コメント
面白いっすね。
港の空はテレビの色。狂ったチューニングで死んだチャンネルの、灰交じりの色だ。
…とかどう? それだとディックっぽくなるか。(笑)
大変面白い記事でした。
うろ覚えにはなりますが、冒頭がチバ・シティでギブスン氏が日本マニヤだった事を考えると、ギブスン氏が米国ではなく日本の「空きチャンネル」を知っていて、それを敢えてか無意識に描こうとしたのではないかと思うところがあります。
また、その後ケイスが旅客機から見下ろした風景は、どちらかというと汚染物質にまみれた灰色だったように思います。
なので、私は灰色派です。
「本歌取り」のひとつである「ファントムクラッシュ」の東京湾が灰色だったのにも敬意を表して。
本歌取りがどうとか・・・どうでもいいことばかり長々とあげすぎ ほん歌取りはアレンジを加えるから本家は逆の結果だと言える・・・とかどう考えたらそれが根拠になるんだよ短絡的思考すぎて腹立ったわ
当時のテレビはどこも砂嵐だったで終わるだろ それ以外の情報は意図がブレるからやめろ
原作が青色を指していないという根拠には何一つなってない
アタマの弱いレビューを参照したアタマの弱い記事
アマゾンのサクラレビュー鵜呑みにしてそう
ウィリアム・ギブスン氏のTwitter投稿。作者としては、やはり灰色らしいですね。
https://t.co/Veaa2NUc93