こんにちは。出典を読んで驚いた話です。
この記事で言いたいこと
ロジカルライティングの見本が、600年前の日本に既にありました。
「初心忘るべからず」を説いた、世阿弥の『花鏡』の一節です。
noh mask, early 1700s from commons.wikimedia.org
「初心忘るべからず」
「初心忘るべからず」とは、世阿弥の言葉です。
ただかへすがへす、初心を忘るべからず(第七 別紙口伝)
の文面で『花伝書(風姿花伝)』にも出てきますが、ロジカルライティングそのまんまで驚いたのは、『花鏡』の掉尾を飾る最後のくだりです。
『花鏡』について
世阿弥の業績|文化デジタルライブラリー からです。
『花鏡』は、世阿弥が40歳余りの頃から約20年間にわたって悟り得た芸の知恵を段階的に書きついだ伝書で、息子の元雅(もとまさ)に伝えられました。もとは「花習(かしゅう)」と題されていた論が、1421年(応永28年)までには「花鏡」という書名でまとめ直され、1424年(応永31年)に最終的な形が成立しました。
ロジカルすぎるテキスト
花鏡を読んでみよう|文化デジタルライブラリーより、当該テキストの冒頭部分です。
しかれば、当流に、万能一徳(まんのういっとく)の一句あり。
初心不可忘(わするべからず)。此句、三ヶ条の口伝在(くでんあり)。
是非初心不可忘。 時々初心不可忘。
老後初心不可忘。此三、能々(よくよく)口伝可為(すべし)。
トップダウンの論理的な構成です。大変ロジカルです。
付記:「初心」は検討対象外
「初心」について少し。
世阿弥による「初心」の用法は今日の日常語と違ったニュアンスがありますが、ここではさしあたり各自の受容のしかたでよいかと思います。
ロジカルライティング
ロジカルにものを書けと説くロジカルライティング。一部では、たとえばこんな本が持てはやされております。
スタバの新メニューとベテラン漫才師みたいな名前の人がそれぞれ書いています。
ロジカルライティングあるある
ロジカルライティングでは、よくこんなことを言います。Webサイトで見られるものから転載します。
出所:第3回 ロジカルライティング ~7つのルールで、一読で理解できる文章を書く~|株式会社BCL
「ロジカルな文章」の基本構成
上のスライドにあるように、こんな構成がロジカルだとよく言われます。
抜粋してリストにしておきます。
総論
- 要約
- 結論または最も伝えたいこと
- 重要な情報
各論
- 各論1
- 各論2
- 各論3
まとめ
…のような構成です。
「初心忘るべからず」のロジカルぶり
『花鏡』の「初心忘るべからず」の構成は、ロジカルな文章とされるお手本そのまんまです。
前掲の文章構成にテキストを埋め込んでいくことで、それを実証します。
テキストは同じく文化デジタルライブラリーの「花鏡を読んでみよう」からです。
総論
要約
結論または最も伝えたいこと
当流に、万能一徳の一句あり。
初心不可忘。
重要な情報
此句、三ヶ条の口伝在。
- 是非初心不可忘
- 時々初心不可忘
- 老後初心不可忘
此三、能々口伝可為。
各論
各論1
一、是非初心を忘るべからずとは、若年の初心を不忘(わすれず)して、身に持ちてあれば、老後にさまざまの徳あり。「前々の非を知るを、後々の是とす」と言へり。(後略)
各論2
一、時々の初心を忘るべからずとは、是は、初心より、年盛りの頃、老後に至るまで、其時分時分の芸曲の、似合ひたる風体をたしなみしは、時々の初心也。(後略)
各論3
一、老後の初心を忘るべからずとは、命には終りあり、能には果てあるべからず。その時分時分の一体一体を習ひわたりて、又老後の風体に似合ふ事を習ふは、老後の初心也。(後略)
まとめ
さるほどに、一期初心を忘れずして過ぐれば、上がる位を入舞にして、終に能下がらず。しかれば、能の奥を見せずして生涯を暮らすを、当流の奥義、子孫庭訓の秘伝とす。
(中略)
初心を忘るれば、初心子孫に伝はるべからず。初心を忘れずして、初心を重代すべし。
結論
「花」「幽玄」といった能の神髄を説く『花鏡』のうち、「初心」のありようを伝えるテキストが、恐ろしいまでにロジカルに書かれていました。
参考資料
関連するWebサイト・書籍の情報です。
世阿弥のことば|KANZE.net
『世阿弥十六部集評釈(上)』(能勢朝次, 1940)|近代デジタルライブラリー
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