メロスは不具であった。―新説『走れメロス』

ヤシロは激怒した(ウソ)。

前の記事のつづきです。新説を発見できました。

要約:「メロスの全力を検証」を検証する

愛知県の中学2年生、村田一真さんの自由研究「メロスの全力を検証」の結論に、あえて異を唱えます。

検証されていたとおり、メロスの走りっぷりは客観的に決して「速い」とは言えません。しかし主観的には、メロスは全力で走っていたのです。

主観的には全力なのになぜ速くないのか? それを考えて答えがわかりました。

メロスは左右どちらかの足が悪いのです。

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不自由な片足というハンデを負っての「全力」なのです。

「メロスの全力を検証」とは

塩野直道記念 第1回「算数・数学の自由研究」作品コンクールの最優秀賞である、「塩野直道賞」中学校の部を受賞した作品です。

こちらのリンク先で参照できます。

非常に密度の濃い優れた研究成果なので、一読をおすすめします。数分で読み終えられるコンパクトさです。

「メロスの全力を検証」概要【再掲】

前の記事でも触れましたが、こちらでも「メロスの全力を検証」のポイントを記載しておきます。

シラクスと村の往復での、メロスの平均移動速度(推定値)

往路:シラクス→村(39km)
  • 平均移動速度:3.9km/h
復路(1):村→川(中間地点)(20km)
  • 平均移動速度:2.7km/h
復路(2):「最後の力」区間(16km)
  • 平均移動速度:5.3km/h

考察

今回調べてみて、メロスはまったく全力で走っていないことが分かった。

異議あり

通読してみて、村田さんによる検証は妥当なものに思えました。しかし、上の結論にだけは、あえて異を唱えます。

「メロス不具説」~主観的には全力~

村田さんによる検証結果と、『走れメロス』の記述・世界観との整合が取れる論理が構築できないかを考えてみました。

メロス的には、すなわちメロスの主観ではどうだったのだろう、と考えを進めて、ひとつの有力な仮説にたどり着きました。

メロスは片足が悪かったのです。

それも一時的なケガなどではなく、先天的にしろ後天的にしろ、永続的な障害としてです。

推定移動速度を客観的に評価するなら、村田さんが指摘されているようにまったく速くありません。しかしメロス的には、すなわちメロスの主観、メロスオンボードカメラでは、全速力で走っていたのです。

検証されていた移動速度が、左右どちらかの足が不自由なメロスの「全力」なのです。

「不具説」の裏づけとなる『走れメロス』の記述

青空文庫で太宰治『走れメロス』の原テキストを読み直すと、いくつかその仮説を裏づけできる記述が見つかりました。

それぞれ引用してコメントします。※強調・下線は引用者

1.泳いで川を渡る原動力は「腕」

まず、前日の豪雨で橋が流された川をメロスが渡るくだりです。

今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。(略)メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻(か)きわけ掻きわけ(略)押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。

激流を乗り切ろうとメロスが「満身の力」をこめる先はです。泳ぐさまも「掻きわけ掻きわけ」と、上半身のことしか言いません。足には一切触れず、完全スルーです。

2.メロスが飛びかかった山賊は「身近かの一人」=悪いのは片足

次に、メロスと山賊たちとの格闘シーンです。

山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒(こんぼう)を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃

この記述から、メロスは「接近戦」であれば山賊に襲いかかれるだけの瞬発力を持っていたと言えます。

よって、メロスが不自由なのは、左右どちらかの片足のみだと推定できます。至近距離ならば、障害のないもう片方の足を使って俊敏さを発揮できるだけのバネがあったわけです。

3.若い石工の「敬意」

最後に、シラクスの街に入るあたりで出会った、若い石工との会話からです。若い石工は、メロスの盟友セリヌンティウスの弟子です。

「ああ、メロス様。」うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」メロスは走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」その若い石工も、メロスの後について走りながら叫んだ。

「メロス不具説」にとって、ここは苦しいところです。

仮にこの「フィロストラトス」と名乗る若い石工が五体満足であれば、メロスの「走り」は、その「後について」「走る」ほど速くはないからです。彼が普通に走れば、きっと追い抜いてしまうことでしょう。

牽強付会が許されるならば、こう解釈しておきます。

この若い石工にとって、メロスは「師匠の盟友」です。そんなメロスに対する儀礼として、また敬意の表明として、「最後の死力」を尽くして「走る」メロスの前に出ることをせず、後ろについてスピードを揃えて「走って」いたのでしょう。

たとえるなら、毎年8月の風物詩、ゴール目前の24時間マラソンランナーへの「負けないで」感覚です。 

整合は取れている(と思う)「不具説」

以上に述べたとおり、「メロス不具説」は、客観的な移動速度の検証結果と原テキストの叙述・世界観との整合が十分に取れている説であると確信しております。

付記:超個人的・「走るメロス」の新しいイメージ

こうして検討してみた結果、僕の「走るメロス」のイメージ映像は、ずいぶんと変わってしまいました。

よく知られたフィクションの人物で言うと、新しいイメージに最も近いのは、映画「マルサの女」(1987)で山崎努さんが演じた敵役、ラブホテル経営者の権藤です。

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(左)権藤(山崎努) from「マルサの女」(1987)
※画像は、記念館便り>1986年11月26日、花月園競輪場でのこと|伊丹十三記念館(2009/12/20付)より

権藤は劇中、杖を片手に、非常に特徴ある印象的な歩き方をしていました。

2014-02-07_石段をのぼるふたり 

「マルサの女」シーン#122

※画像は、同・花月園競輪場訪問記2|伊丹十三記念館(2010/03/08付)より

先行研究の確認

ここまで原論文および原テキスト、それに対する批判的考察のみで論を組み立ててきました。

順序としては前後しますが、ここで多少は周辺にも視野を広げ、「先行研究」の有無を確認しておきます。

「メロス負傷説」があった

メロスの移動速度に関する先行研究がないか、ざっとネットを探してみると、「メロス負傷説」を採っていると思われるページがありました。

すわらじ劇園「走れメロス」です。

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原作にはないシーンを加えより演劇性の高いものに仕上げました。

とのことです。

「負傷説」を採っているらしいことは、「★愛知県 小学校★」の感想文(1)(2)からわかります。いくつか抜粋して引用します。

途中で怪我をして、応援しました。【1年生】

メロスがナイフで足を切られたけど、間に合ったのが凄かったです。【2年生】

僕は、メロスが足を怪我した時、メロスは立ち上がれなかったけど、黒い2人が「走れ、走れ」とメロスに声を掛けてくれたからメロスの親友の事を思って、足が痛くても諦めないで走り続けた所がすごく感動しました。【2年生】

僕は、メロスが山賊に襲われて、足を切られて怪我をした時「もうどうなっても良い」と諦めそうになった時、神みたいな2人が現れて「苦しいのは1人じゃない。お前を信じて待っている人がいる」と言って、城に向かわせた場面を観て感動しました。【3年生】

「負傷説」は難あり

すわらじ劇園版「走れメロス」において、「怪我をした」という原作にない設定を加えたのは、恐らくこの劇団の方も原作を舞台化する際にテキストを検証してみて、「メロス遅くね?」という結論に至ったからであろうと思います。

すなわち、「速くない」理由づけが必要だったゆえの独自設定と考えられます。

しかし「負傷説」には難があります。怪我をしたとすると、それは「行程の途中で負ったハンディキャップ」であり、原作がそれを描かないのは不自然だからです。

途中で負傷したのであれば、それは当然「豪雨で橋が流され渡れない川」「山賊の襲撃」「疲労によるダウン」と並ぶ、「襲いかかる困難」のひとつであるはずです。約束である日没までの到着が危ぶまれる重大な一要素なのですから、それを描かない手はありません。

しかし太宰の原作に、メロスが道中で負傷したような記述はありません。

つまり、メロスの足の不具合は、物語世界が始まった時点で「はじめからある困難」であり、「言うまでもない当たりまえのハンディキャップ」でなければならないのです。

「足が悪いんなら最初に言っとけよ」との反論もあるやもしれませんが、物語の中で明言されていないのは「障害を言い訳にしない」というメロスと太宰の矜持と解しておきましょう。

まとめ・謝辞

『走れメロス』の読み解き方に、新たな知見を得られました。

検証をされた村田一真さん、ならびに、その研究報告を最優秀に選んだ理数教育研究所の関係各位にお礼申し上げます。

あとがき

初老の厨二が全力出した。

厨二なめんなよ!

コメント

  1. dazaiosamu より:

    「走れメロス」でメロスは走っていた!!!!!
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n251352

    上記のyahoo知恵ノートで
    検証しましたので、ご覧ください。

  2. 「走れメロス」は走っていた!
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n251352
    yahoo知恵ノートで検証しましたので、
    お読みいただければ幸いです。

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