こんにちは。甲子園を考えました。
阪神甲子園球場(2007) ※画像は、ja.wikipedia.org より
この記事で言いたいこと
2つあります
「居酒屋甲子園」の誤り
「居酒屋甲子園」は「甲子園」ではありません。居酒屋で競っていないからです。
まるで、漫才で競わない「M-1グランプリ」「THE MANZAI」です。おかしいです。
呼び名が間違っています。
「甲子園」の限界
「甲子園」の用例から考察した結果、次の結論となりました。
確かに、「野球」でも「高校生」でもないものの中にも、「甲子園」として差し支えないものはあります。
しかし、次のようなものの比喩にまで「甲子園」を使うのはおかしいです。
- そもそも競っていないもの
- 競っていても、大会名称と競う種目が一致していないもの
ここまでくると、比喩として使える「甲子園」の限界を超えています。別の呼び名を使ってほしいです。
序・NHKの番組で「居酒屋甲子園」を知る
NHKのクローズアップ現代「あふれる“ポエム”?!~不透明な社会を覆うやさしいコトバ~」(2014/01/14放送)を見て、「居酒屋甲子園」を知りました。
冒頭、アバンタイトル部のナレーションではこのように紹介されていました。
決勝大会の審査対象は、料理の味や接客ではなく、居酒屋で働くことの希望や夢をうたい上げる、魂の“ポエム”でした。
なんでやねん。
本編VTR中でも、こうでした。
20分間のプレゼンテーションで、居酒屋で働く夢と誇りを最も熱くうたい上げ、聴衆を感動させた店舗が日本一の座を勝ち取ります。
それ、居酒屋甲子園とちゃうやんか。
と、見ながらどちらにもつっこんでおきました。
パート1:早わかり甲子園史
なぜ居酒屋甲子園は、甲子園ではないのか。
それを考えていくにあたり、今一度、これを機会に甲子園の成立と発展の歴史をおさらいしておきましょう。
甲子園とは
Wikipedia 甲子園(地名)より
甲子園(こうしえん)は、兵庫県西宮市南東部の地域名。
大正時代に開発された一帯です。
開発史
阪神国道(現在の国道2号)整備にあわせ、武庫川の氾濫を防ぐ改良工事が兵庫県により行われることになった。このときの資金繰りとして、(略)河川敷跡を県から阪神電気鉄道に410万円で売却することとなった。
阪神電気鉄道は、購入した河川敷跡73,920平方メートルに、住宅地および行楽地を開発した。
この開発地が甲子園と呼ばれることになります。
事実1:開設が甲子(きのえね)の年なので「甲子園」球場
1924年、七番町の西側(旧枝川・旧申川の分流点あたり)に現在の阪神甲子園球場となる大運動場が開設された。その年が干支でいう甲子(きのえね)の年であったことから、このとき一帯が「甲子園」と名付けられた。
事実2:甲子園を生んだニーズは高校野球
そもそも甲子園球場は、高校野球(当時は中等学校優勝野球大会)の会場として求められたものです。会場の鳴尾球場が手狭になってきたからでした。
Wikipedia「全国高等学校野球選手権大会」より。
学生野球が人気になるにつれ観客が増加。(略)主催者の大阪朝日新聞は、本格的な野球場の建設を提案する。
ですから当然に、完成の1924年から会場に使用されます。
同年第10回大会から使用を開始。
選抜高等学校野球大会での使用開始は、その翌年です。
1925年(第2回大会) 会場を夏の選手権大会と同じ甲子園に変更し、以降、甲子園で開催するようになる。
パート2:比喩「甲子園」
パート1では、甲子園一帯が開発されるのにあわせて、甲子園球場が高校野球(中等野球)大会のために建設され、1924年の完成当初から使用されてきた。ということを確認しました。
それをふまえての比喩「甲子園」についてです。
比喩「甲子園」の誕生
次のような比喩が生まれます。Wikipedia 阪神甲子園球場から。
この球場の名称である「甲子園」が高校野球全国大会の代名詞となっており、
そのことに端を発して今や野球に留まらず高校生の各種全国大会の代名詞として「○○甲子園」などと使われることがある。
換喩(メトニミー)と提喩(シネクドキ)
たとえの種類で言えば、前者が換喩(メトニミー)で、後者が提喩(シネクドキ)です。
比喩「甲子園」が意味するもの
1)「高校野球の全国大会」を指す 換喩:metonymy
「深い関連のある事物で置き換える方法」(ncode.syosetu.com より)です。換喩(メトニミー)といいます。
高校野球の全国大会というもの全体を、甲子園という「深い関連のある事物」で置き換えて言い表しています。
他の換喩の例としては、「永田町」やそこでの「バッジ」、あるいは「黒帯」といったものがあります。
2)野球にとどまらず「高校生の各種全国大会」を指す 提喩:synecdoche
「全体と部分との関係に基づき」(ncode.syosetu.com)表象する方法です。こちらが提喩(シネクドキ)です。「包含する関係にある事」(同)が特徴です。
各種の「高校生の全国大会」“全体”を、そのなかの一大会である野球全国大会の会場「甲子園」という“部分”で表象する。こういう包含関係になっています。
「甲子園」の限界を探る―甲子園はどこまで甲子園でいられるか?
それでは、このような比喩の「甲子園」はどこまで「甲子園」でいられるのでしょうか。その限界を探っていくことにしましょう。
1)まず、これが最も厳格な「甲子園」の要件です。
- 阪神甲子園球場において、高校生が野球の試合で競う全国大会
2)ここから段階的に要件定義をゆるめ、適用可能な範囲を広くしていきます。まず、会場としての「甲子園球場」を離れてみます。
- 甲子園球場ではないが、高校生が野球の試合で競う全国大会
「もうひとつの甲子園」というやつですね。ありです。
3)次に、「野球」も離れます。
- 高校生が(野球以外の何か)で競う全国大会
これもありです。許容できます。
4)「高校生」も離れてみます。
- (高校生以外)が(野球以外の何か)で競う全国大会
「居酒屋甲子園」もこのパターンです。では、何が「それは違う」となったのでしょう。
そこを探るために、このパターンの用例をいくつか拾って検討していくことにします。
付記:念のために「離れ方」の別パターンを確認
その前に。上の例では、「甲子園球場」「野球」「高校生」の順で離れていきました。
念のため離れる順番を変えて確認しておきましょう。
2’)試しに、甲子園球場はそのままにして、先に「高校生」「野球」から離れてみましょう。次の3パターンがあります。
- 甲子園球場で、高校生が(野球以外の何か)を競う全国大会
→ 可能性としてはあります。具体的には何でしょうか。ブラスバンド? - 甲子園球場で、(高校生以外)が(野球以外の何か)を競う全国大会
→ それはたとえば「甲子園ボウル」とか、なんか別のイベントです。それを呼ぶときは甲子園ナントカであり、ナントカ甲子園ではないはずです。 - 甲子園球場で、(高校生以外)が野球の試合で競う全国大会
→ それは全国大会っつうか、阪神タイガースのゲームです。
3’)野球より先に「高校生」から離れてみたパターンも考えてみます。
- (高校生以外)が野球で競う全国大会
→ これを「甲子園」と呼ぶと、日本人に総スカンを食らいそうです。「なし」と判断してよさそうです。
用例調査:(高校生以外)が(野球以外の何か)で競う全国大会としての「甲子園」
Google の検索で探した《(高校生以外)が(野球以外の何か)で競う全国大会》という意味らしき「甲子園」の用例です。
これらの「甲子園」の主体は高校生ではなく、競っている種目も野球ではありません。
「甲子園」の用例として「あり」か「なし」か、振り分けてみました。
「あり」
出場者は2名(栄養教諭または学校栄養職員と調理員)とする (大会ルールより)
本大会は、毎年、2000校を超える応募校(センターを含む)の中から、数次にわたる予選を経て選ばれた6ブロックの代表12校が、女子栄養大学駒込キャンパスで実際に調理を行い、優勝を競います。(実行委員長より挨拶)
学生の、学生による、学生のための出版コンペティション。
応募資格は、『学生』であること。(出版甲子園とは?)
なし
大阪市営地下鉄、関西大手私鉄【近鉄・京阪・南海・阪急・阪神】、JRグループが一堂に集まる“子どものための都市型鉄道パークイベントです”
考察1:競ってないです。甲子園じゃないです。
「居酒屋甲子園」の仲間たち
「クローズアップ現代」でも触れられていましたが、「居酒屋甲子園」のお仲間がいくつも出てきました。
先に言っておきます。どれもこれも「甲子園」の使い方がおかしいです。
全国からエントリーされた介護事業所のうち、独自の選考基準で選ばれた優秀事業所が、年一回、数千人が集う大会場に集結します。
ステージで事業所の想いや取組みを発表し、介護甲子園における日本一の事業所を決定します。(介護甲子園の趣旨)
「うちの店は○○でお客様を元気にしています!」という、店舗スタッフによるプレゼンテーションをおこない、参加者の投票により優勝店舗を決定! (第2回おふろ甲子園決勝大会)
全国からエントリーされた治療院の中から、治療家甲子園の選考基準で選ばれた優秀な院(店舗)が、年に1度集結し、ステージ上でそれぞれの取組みや想い、志を発表し、治療家甲子園における最優秀店舗を決定します。(治療家甲子園とは)
各歯科医院20分間の壇上プレゼンテーションを行います。(略)決勝審査は会場入場者全員の投票と招待審査員を含む審査員の投票により決定します (大会概要)
全国から選び抜かれた旅館の経営者とそのスタッフが「ホテレス」の特設会場に集結し、プレゼンテーション形式で宿の自慢をぶつけ合い、旅館No.1を決定します! (『旅館甲子園』大会概要)
考察2:どれも「甲子園」の使い方が間違っています。競っている部分が、「○○甲子園」の名称部分の本質ではないからです。
パート3:「居酒屋甲子園」の誤り
「居酒屋甲子園」がどこで「甲子園」として誤ったかを整理します。
決勝では間違っていたが、1次・2次予選ではちゃんと「居酒屋甲子園」だった
開催要項を確認してみたら、「居酒屋甲子園」も隅から隅まで間違ってはいませんでした。
居酒屋甲子園のサイトizako.org で大会の概要を見たところ、1次予選、2次予選とも、「覆面モニター調査」となっています。覆面調査用のシートもこちらのページにあったので見てみました。見ると「居酒屋」を競う観点になっています。
これは居酒屋甲子園です。
なぜか、3次予選以降では別の種目に
ところが、3次予選からの審査項目が、どういうわけか「プレゼン」となり、最終予選「プレゼン・面談」、決勝大会が「プレゼン審査」と進んでいます。
競技種目が変わってしまっています。
漫才にたとえて考えてみれば
「居酒屋甲子園」で行われていることを、漫才に置きかえて考えればわかりやすいと思います。
たとえばこれは、M-1グランプリ、THE MANZAI、上方漫才コンクール、上方漫才大賞 etc. の漫才の大会で、1次2次予選と漫才で審査されるのに、3次予選以降から「歌」が審査対象になっているようなものです。
それはもはや漫才の大会ではありません。「漫才師歌うまい王決定戦」です。
あるいはこういうたとえ方もできます。それは、途中から「どれだけネタの練習に熱心か」とか「どれだけ先輩芸人に礼儀正しいか」「気を使えてるか」そんな審査項目に変質する漫才大会です。そういう項目で漫才の日本一を選び出す大会を、はたして「漫才大会」と呼んでいいのでしょうか。
そういう話です。
正常な漫才大会でも、審査の最後の最後で、そうした「内申点」的な要素も加味されることもありうるでしょう。審査員によっては、それも「いい漫才師」の一要素と言うかもしれません。しかしそうなるのも、あくまで漫才のネタでは甲乙付けがたいとなったうえでのことです。そうでなければ、その大会の審査の公正性が疑われると言えましょう。
「居酒屋甲子園」の決勝大会では居酒屋が求められていませんでした。よってこれを、「居酒屋甲子園」と呼ぶのは間違いです。
では何と呼べばいいか
対案を考えてみました。月並みですが
- 居酒屋の主張
- 居酒屋激アツ★メッセージ
ぐらいなら、大会内容が現状とまったく同じでも僕は気になりません。好きにすればいいと思います。
まとめ
僕は、これら「ナントカ甲子園」と(間違って)呼ばれている大会自体の存在価値は認めます。働く人たちを元気づけ、業界の活性化を図りたいという狙いもわかりますし、孤立しがちな職種では、横の交流を得る機会も貴重でしょう。
問題なのはその名前です。名前がおかしいです。
漫才師が歌のうまさを競うような、職能の本質を外した大会を「甲子園」と呼んではいけません。
このようなあり方の大会自体はあっていいです。しかし、こういう大会しか業界にないこと、つまり、業界本来の「甲子園」が存在せず、その職種に求められる本質的な職能との関係が薄い部分で競う大会しかないというのは、その業界に従事する者にとっての不幸です。
漫才師は漫才が面白いことがいちばんじゃないのかい。競うならまずはそこでしょうに。
と、こちらもたとえで押してみました。
もうええわ。どうもありがとうございました。
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