前略 林修様
ご活躍ぶりはテレビでよく拝見しております。出演されていた11月25日放送の「魔法のレストランR」(MBS)も見ておりました。
大阪での講演終了後の4時間で、梅田のガード下とデパ地下20軒を食べ歩くという企画でした。
このように、スケジュールの間にスケジュールが入るほどの多忙な日々を過ごされているものと拝察いたします。
「カシコな」の解説への疑問
さて、このたびペンを執りましたのは、この番組のなかでハイヒール・リンゴさんに「カシコな言葉で」コメントを求められて、林様がこのように言われてたからでございます。
「かしこい」は形容詞で、その語幹である「かしこ」に「な」を付けるってことは、形容詞の形容動詞化、っていうとんでもないことが起きてますよ
形容詞語幹の形容動詞化ってこと、それの連体形ってことですから
その説明は当たらないように思うのです。「カシコな」を説明するのに形容動詞を持ち出す必要はないと存じます。
以下に、私の理解するところを申し述べます。
「かしこ」は名詞
大阪弁では「かしこ」を名詞として使います。「賢い人」という意味です。おおむね「アホ」の反対語ととらえてよいかと存じます。
ですからリンゴさんの言った「カシコな言葉」というのは、意味としては「賢い言葉」ではなく、「賢い人が言いそうな言葉」ということです。
「な」の解釈
したがって、ここでの「な」については、林様が言われていたような形容動詞の連体形ではなく、「大きな」「小さな」と同じく、現代日本語での品詞分類で言うところの連体詞を形作るための語尾と解釈するべきものと浅慮するものでございます。
事実として、他の活用形で「かしこい」の「形容動詞化」なるものは起きていないのですから。
「かしこ」は辞書にもある
語幹の「かしこ」に話を戻します。牧村史陽編『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)にも「かしこ」の項目がございます。
カシコ【賢】(名)賢いの語幹だけで名詞としたもの。
同書では十返舎一九の『東海道中膝栗毛』から用例を挙げています。
京都人の喧嘩のさまを描いて「なにぬかしくさる、さういふわれがあはうぢゃわい、イヤこちゃあはうぢゃない。賢ぢゃわい」
形容詞の語幹のみで名詞とする用法としては、時代劇にありがちすぎる台詞「おぬしも悪よのう」というときの「悪(わる)」と同様と考えられます。
『広辞苑』にも載っている
また『広辞苑』(第五版)にも「(カシコシの語幹)」として「かしこ」の項があり、『東海道中膝栗毛』の同じくだりと、それに加えて『紫式部日記』からの用例が紹介されています。
形容詞を体言化する場合のルール
「賢い」と「カシコ」のように、単語の中には、用言と体言のあいだを移ろいゆくものがあるように思われます。
「(形容詞)~い人」を表すとき、英語では形容詞に定冠詞the を付けます。「The Good, the Bad and the Ugly」というタイトルの映画(IMDb)もございました。
一方日本語では、形容詞を体言化する場合は、語幹のみを残して用いる。これがルールであるようです。
例で見る、用言と体言のあいだ
私の若い時分には「エログロ」という言葉が流行っておりました。こちらは、英語の形容詞「erotic」「grotesque」が一体となって名詞化したものと考えられます。
さらにいまどきの方は、それぞれに活用語尾の「い」を付け、「エロい」「グロい」と、日本語の形容詞と同じように使っておられます。
外国語の用言が、外来語としていったん体言となり、今度は日本語文法のルールが適用され、また(日本語として)用言に戻っている、なかなかに面白い例でございます。
まとめ
というところで、林様のご出身地である名古屋の言葉風に申し上げると、「またちょーすいてたわけな説明しとらっせる」と思ったわけでございます。
それゆえ「もうカシコ使わへんわ カシコ禁止!」と、番組上とはいえやり込められてしまったていになっていたリンゴさんに、深く同情するものであります。
ここで林様にはぜひ、リンゴさんがコンビでMCをされている「ビーバップ!ハイヒール」に一度「カシコブレーン」としてゲスト出演し、先般の発言について訂正をしていただきたいところです。ご一考いただければ幸いでございます。
関西ではカシコの代名詞的存在である灘高校生をはじめ、予備校で数多くのカシコたちに現代文を教えている方にもの申すなど、出すぎたまねをしてしまいました。ご無礼ご容赦ください。
末筆ながら、林様の今後のますますのご活躍に期待しております。ご自愛くださいませ。
かしこ
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