こんばんは。林修ナイトの時間です。
林さんのおかしな発言について書きます。
『受験必要論』を読んだ
林修さんの『受験必要論』を読みました。
「必要論」というけど、誰か不要論を唱えてたかしら?とは思いましたがそれはおいて、編集部のインタビューに答える形式で構成され、テレビその他での林さんの「受験」「教育」に関する発言の集大成的な1冊となっていました。
ですので内容的には、大半が自分にとって既知のものでした。
新たに知ったこととして、前に林さんがテレビ(6/16 あすなろラボ)で「ほんとにわかんない」と言っていた「学生時代に読んだラカンっていうおっさんの本」が、『エクリ』であるらしいのがひとつありますが、細かすぎる話です。
ちなみに『エクリ』とはジャック・ラカンの論文集で、邦訳で全3巻あります。(1)|(2)|(3)
おかしな提案
これも既知のことでしたが、初めて聞いたときに「おかしなこと言うなあ」と僕の思った話も、同じくくり返されていました。そのことについて書きます。
本書の後半、林さんは、灘中・高の英語教諭である木村達哉さんとの対談のなかで、こう述べられています。(下線は引用者)
僕がこの本で提案しているのが、既存の大学を見直して、国立映画大や国立写真大を作ったらどうかということなんです。当然、レゴ大学もあってもいい。ともかく、社会がいろいろな物差しを用意しなければいけない時代がきていると思うんです。(p.189)
「社会がいろいろな物差しを用意しなければいけない」という点には賛同します。それゆえに、前半分の提案のおかしさがことさら際立ちます。
くり返されているおかしな主張
1.同書前半でも
同書の前半でも、「学力以外の『物差し』で能力を測る大学をたくさん作ったら」として、こう述べられています。
たとえば写真家の方に伺ったのですが、写真を本格的に勉強しようとすると、結局海外に留学する人が非常に多くなるんだそうです。なぜかというと、日本には高度な写真教育の場が少ないからなんだそうです。だったら、先に述べたような見直しを行なって、写真の大学や映画の大学を作ったらどうでしょうか。オリンピックであれだけ盛り上がるのに、体育大学だって足りないのではありませんか。国立料理大学寿司学科、なんていうのがあってもいいですよね。そうやってさまざまな『物差し』の大学を社会がたくさん用意して、一人一人が自分に向いた場所で頑張れるようになれば、皆が胸を張って生きていけるようになるのではないでしょうか。(p.024)
2.テレビ出演時も
2013年8月8日放送の「日経プラス10」(BSジャパン)に出演されたときも、林さんは同様の話をされていました。「林修さん出演コーナーをテキストにしました(1)」から、当該の発言を再掲しておきます。
「僕がちょっとショックを受けたのは、こういう仕事をさせていただいたときに、カメラマンの方と休憩時間に話してたら、意外とこの、写真は、向こうに留学するんですよ」
「えっと思ったんですよ。こんなに大学たくさんあるんですよ。な、なんで向こう行くんですかってったら、ほんとにいい写真の大学は向こうにしかないんですって。まあそれはその方の個人的な意見かもしれないですよ。これはでもショックで。だったら、国立のすごい写真大学を作って、世界中のトップカメラマンが集まるようなことはできないのかなってその瞬間思いましたね」
「いや、もう物差しいっぱいありますよっていうふうにしてく時代になってきてると思うんですよ」
なお、こちらが僕の知る限りの「初出」です。
ここがヘン
僕からの反論です。
社会がたくさんの評価の「物差し」を用意できるなら、写真や映画、レゴ、寿司などを学ぶ場が大学である必然性が、どこにあるのでしょうか。
もしかして、大学以外に高度な教育の場が存在しえないと、思っていやしないでしょうか。
「ラーメン大学」みたいな、一種の比喩的表現のつもりならば、まだ理解もできますけれど。
無駄な自分語り
初老の僕の例で言えば、困るほど今なお勉強したいことが次から次へと出てきて山ほどたまっている状況ですが、それでも勉強するため大学に行こうとは思わないです。勉強したいことの「物差し」があまりに特殊すぎるため、既存の大学がカバーしておらず、かつ、そこを今後大学がカバーする価値も認めがたいからです。
名言で救う林修さんの教育論
僕の目からは、不必要に大学にこだわっているように見える林さんに、この名言を贈ります。
The greatest education in the world is watching the masters at work.
―Michael Jackson(1958-2009)
世界最高の教育とは、仕事する名人をじっと見ることだ。 (マイケル・ジャクソン)
出典情報
僕は出典マニアなので、きちんと出典を示しておきます。
上で引用したのは、彼の自伝『ムーンウォーク』(1988, 2009)にある言葉です。
ニューヨークのアポロ劇場などに前座出演するようになった少年時代のマイケルが、舞台袖で数多くのスターのステージを観てきた、それをふまえての言葉です。引用します。(下線引用者)
たいてい僕は楽屋裏ではひとりでした。兄さんたちが上で何か食べたり話したりしている間も、僕はステージの袖で(略)ショーを観ていたのです。ステップを、動きを、ツイストを、ターンを、グラインドを、感情を、そして照明の動きを、本当にひとつ残らず見つめていたのです。それが僕の勉強、同時に気晴らしでもあったわけです。(略)僕はあの頃の劇場は全部覚えています。〝ザ・リーガル〟、〝アップタウン〟(略)、〝アポロ〟と名前をあげていったらきりがありません。こうした劇場からは、神話のようにすばらしい才能が輩出されました。この世で最高の教育というのは、そうした偉大な人々の仕事ぶりを見ることです。僕がステージの袖に立ってこの目で見てきたことは、人に教えられるようなものではありません。たとえばブルース・スプリングスティーンやU2といったミュージシャンたちは、街の路上から物事を学んだと感じているようです。僕は心からのパフォーマーです。僕は物事をステージから学んだのです。(pp.64-65)
ちなみにマイケルはステージを観て学んだアーティストとして、ジェームス・ブラウン、ジャッキー・ウィルソン、サム&デイブ、オージェイズの名を挙げています。
また同書では、彼が見ただけでダンスのステップを覚え再現できたことも明かされています。そのようなマイケルの天性の才もあっての発言であるとも思えます。
まとめ
社会にさまざまな「物差し」をと提唱する林さんが、大学という物差しに縛られているように、僕には見えます。
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