9月15日「あすなろラボ」での林修さんの恋愛論授業で使われた名言・格言の出典調査報告です。
一覧はポータルページにまとめています。他の名言はそちらからどうぞ。
名言(整理番号 10)
愛することによって失うものは何もない。しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。
アメリカの心理学者 バーバラ・デ・アンジェリス/Barbara De Angelis(b.1951)
出典
『心が満たされる心理学』(加藤諦三訳 1996)
あいにく、現在新刊では入手できないみたいです。
5章「“本物の愛”だけがもつ力」に出てきます。前後を含めて引用します。(太字は引用者)
しかし、愛することは、一見、感情的な面で危険を冒すことのように見えるが、じつはまったく危険はないのだ。
愛することで失うものはひとつもない。何かを失うのは、つねに愛さないことによってである。
……本当に危険なのは、来る年も来る年も誰かと一緒に暮らしながら、相手の魂を本当に理解しないこと、あるいは相手に自分の魂を理解してもらえないことだ。
……本当に危険なのは、ひたすらものを追い求め、うわべばかりを取りつくろう結婚生活をして、いちばん大事な「人との関わり」をもとうとしないことだ。
……本当に危険なのは、二人の間に「本当の自分にふれた瞬間」がないことだ。 (p.166)
原書
原書はこちらです。
『Real Moments: Discover the Secret for True Happiness』(1994, 2013)
原文
対応する原文は、
You never lose by loving. You always lose by holding back love.
です。
Google eブックスで、本文をオンラインで見ることができます。本の全部は読めませんが、このフレーズが出る箇所は幸いにも公開されていましたので、そこから引用します。(太字は引用者)
Loving may appear to be an emotional risk, but in reality, it isn’t a risk at all.
You never lose by loving. You always lose by holding back love.
…The real risk is in living with someone year after year without truly knowing their soul, or their knowing yours.
…The real risk is having a marriage based on materialism and superficiality, and avoiding those kinds of human connection that are truly significant.
…The real risk is being in a relationship without real moments.
原文の別バージョン
あと、accessnewage.com というサイトに載っていた彼女のコラム 「Why We’re Afraid of Love」にもこのフレーズが出てきます。(太字は引用者)
Here’s the irony about our fear of love. Loving may appear to be an emotional risk, but in reality, it’s not a risk at all. You never lose by loving. You always lose by holding back love. You know what the real risk is? The real risk is living with somebody year after year and feeling distant from them, feeling lonely. The real risk is having a marriage that’s just based on convenience or what other people think, and not having the connection that makes your life meaningful. The real risk is being in a relationship without real moments.
前後の文言が若干違うものの、文章の趣旨は同じです。使い回ししている印象です。
訳者のセンスに軽い疑義
軽いタッチの本で目くじら立てるところでもないですけど、原文と並べてみると、日本語訳もちょいと気になってきます。
「愛することによって失うものは何もない」なら
- You lose nothing by loving.
となるはずです。あるいはnever を残しておきたいとすれば、
- You never lose anything by loving.
でなければいけません。要は、lose を「失う」という意味にしたいなら、「何を」失うかを示す目的語がいります。
しかし原文のlose は目的語がありません。ですから意味としては、「(~を)失う」よりも、自動詞の「負ける」「損をする」に解釈するのが妥当です。
ですので、日本語訳された言葉は「間違い」とまでは言いませんが、粗雑だなという印象は受けます。
改善案を考えてみた
でもって、holding back が「ためらう」ニュアンスですから、これらを総合すれば、
「愛したって何の損もしない。愛に踏み出さないのが絶対的な損失である。」
ぐらいかなと思います。
後記:(出典マニア的に)最大級のひどさだった
余話というか、調査が難航した愚痴です。
「名言」界隈での出典の扱いは元々がひどいものですが、出典マニア的に、ネットでのこの「名言」の扱いは最大級にひどかったです。探した範囲で、まともに出典を示した情報は一切ありませんでした。
それは、原文でも同じでした。
アメリカでもかなり人気のようで、原文自体は簡単に見つかりました。しかし、どの本や場面での言葉かを示した情報が、ほとんどありません。
わずかながら出典に触れたものもありましたが、該当する彼女の著作をダウンロードして読んでみたら、嘘でした。
結局自分が探した範囲では、日本語も英語も、著作レベルでの出典情報を正確に示していたものはゼロでした。
国を問わず、出典すらまともに取り扱えない人たちが「名言」に飛びついている。そんな構図が強く感じられます。
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